
脳内は食べもののことでいっぱい。祖母の手料理と母の洋菓子をたらふく食べて育ち、東京で編集ライターをしながら、前のめりで食べ歩き。結婚後は中国・北京、ニューヨークに暮らし、見慣れぬ食材での自炊に奮闘しながら、ストリートフードから星付きグルメまでを果敢に食べ込んだ。2021年、縁もゆかりもない京都へ移住。京野菜、京豆腐で作る家ごはんのおいしさに唸りつつ、町中華、町洋食、焼肉、団子にケーキを縦横無尽に消化吸収中――そんなエッセイスト仁平綾さんのこれまでといまの雑食ぶりを綴る連載エッセイ。
第2回
肉を洗う焼肉
更新日:2026/06/24
- 京都でとある会食に招いていただいたときのこと。東西における肉の好みの話になった。
関東は豚肉文化、対して関西は牛肉文化と言われる。関西では農耕に牛が、関東では馬が使われていたから、とか、明治時代以降、関東で養豚が盛んになったから、など所以は諸説あり不明なものの、大阪出身の同席者で、全国のスーパーを調査している専門家がおっしゃるには、やはり「その通り」なのだという。
いわく、それが顕著にあらわれているのが、スーパーの肉売り場。関西の精肉売り場は牛肉から始まり、関東は豚肉から始まるのが通例なのだそうだ。へぇー、気にかけたことがなかったけれど、言われてみれば京都のスーパーは、牛肉が順路の初めに陳列されている。
関西人がスーパーで優先的に選ぶ肉は、牛。だからたとえば家庭料理の肉じゃがは、牛肉入りだ。ウチはどうだったっけ? 千葉のベッドタウン育ちの私は、実家の食卓風景を記憶からひっぱりだす。豚肉だったこともある気がするなぁ。
「じゃあ肉豆腐は? なんの肉で作る?」
専門家の方にそうたずねられ、言葉に詰まる。え、肉豆腐……? パッと思い浮かばない。実家で食べた覚えがないからだ。代わりにふと、銀座の居酒屋を思い出した。かつて会社の上司や仕事仲間と足を運んだ老舗である。たしか名物が肉豆腐だったはず。なんの肉を使っていたっけ。うーん、えっと……
「鶏肉、ですかね?」
と答えたら
「ぎゃーーーーーーーっ!!!!」
と悲鳴。
「肉豆腐といえば牛肉やんか!」
と盛大に笑われてしまった。ですよね、なんだかすみません。でも関東の鶏肉豆腐に罪はない。
京都に暮らして5年になる私は、スーパーの陳列よりもなによりも、焼肉店の層の厚さから、「京都は牛肉文化だなあ」とつくづく感じている。この街には、全国チェーンとは一線を画す、“街の焼肉店”があちこちに健在、しかもどこもひっくりがえるおいしさなのである。
移住する前は、「京都人は和食の民」との安易な思い込みをしていたが、いやいや、町中華や町洋食の宝庫であり、ラーメン店や餃子店の本家もある京都に住む人々は、けっこうな雑食である。そして牛肉をよく食べる。
近江、但馬、神戸といった牛肉の優良な産地が近いため、京都には焼肉店が多いとも聞く。たしかに京都の焼肉は、総じて肉質がすばらしい(注・私調べ)。見るからに高品質な黒毛和牛がしれっと出てくるし、滋賀の近江牛などのブランド牛もじつは紛れていたりする。ヒレ(京都ではヘレと呼ぶ)もロースも、葉脈のごとく走る細かなサシが美しく、とろける肉質は歯茎でも食べられそうなほど、脂はぎゅっと甘く、ホルモンは新鮮極まりなくて、臭みがまるでない。
「こんな肉、東京で食べたらひとり1万円をゆうに超えるよね」
という食事代がふたりで1万円以下(!)の店もあり、おせっかいにも原価率を案じつつ、つい小躍りしてしまうのだった。
そんなわけで、我が家の外食の3割は、焼肉になった。多いときは週1、少なくても月に2回は焼肉店へ足を運ぶ。関東に暮らす同世代の友人にそう話したら、
「へぇ、すごい。焼肉を食べるなんて元気だね。俺は数ヶ月に1回食べるか食べないかだなあ」
と感心されてしまった。
サシのたっぷり入った脂質の高い和牛肉は、ときに胃に重かったりする。年齢を重ねるにつれ、受け付けなくなったと言うまわりの人も多い。うん、わかります。でもね、京都の焼肉にはその重さを軽減する仕掛け、特殊なタレが存在するのですよ。
移住して間もないある日、東京からの友人とオットと3人で、祇園の焼肉店へ夕食を食べに出かけた。
清潔に片付けられた店内の、ややライティングの暗いテーブル席で、キムチやナムルのつまみと肉をひととおり注文し到着を待つ。テーブル中央の焼き台に着火されたタイミングで、店主の男性が、とんすい(取っ手のついた小鉢)を3つ、無言で私たちの目の前に置いた。覗き込めば、なかはほぼ無色透明の液体で満ちている。
「なにこれ」「スープ?」「でも熱くないよ」「タレかな?」「そういう色じゃないよね?」
ひそひそと推しはかる私たち。薄暗いせいで、はっきり視認できないところがまた謎を呼ぶ。
3人で意見を出し合い、協議した結果、「フィンガーボウルじゃないか」との結論に落ち着いた。サンチュで肉を巻いたりすると手が汚れるから、それをさっと洗うのだろう。さすが京都、気が利くね。とかなんとか言いながら、私は表面に浮かぶネギの存在が気になっていた。
「すみません、この液体はなんですか?」
思いきってたずねると、
「洗いダレ。焼いた肉をくぐらせて洗う」
と店主。あ、洗いダレ? わざわざタレを付けて焼いた肉を洗うって、どういうこと?
京都洗いダレとの遭遇だった。
洗いダレとは、出汁に淡い味をつけた、しゃばっとした常温の液体である。京都特有のものだと、その後の取材で知った。焼いた肉をさっとくぐらせることで脂が落ち、さっぱり食べられる工夫だという。
発祥は1965年に創業した京都の焼肉店「天壇」。牛骨スープの出汁に、酢を爽やかにきかせた自家製洗いダレは、すき焼きに卵をつけて食べるところから着想を得て生まれたとか。他の焼肉店も追随して洗いダレを提供するようになり、京都の食文化として定着したそうだ。他店では、ベースが昆布出汁だったり、レモン汁が加えられていたり、スライス玉ねぎ入りだったりとさまざま。熱々の肉を食べごろの適温にしてくれるため、冷ましダレと呼ぶ店もある。
余分な脂を落としつつ、ほのかな酸味や出汁の風味で肉の旨みを引き立てる、ひと碗ふた役の洗いダレ。このタレのおかげで“焼肉”を重たく感じることなく、むしろすいすい、食べ進められてしまうのだった。脂を洗ったぶんカロリーも減る気がする。罪悪感をも洗い流す、恐るべきタレなのである。
そんな洗いダレの元祖「天壇」で、きまって注文するのは、洗いダレ用に考案された「ミルフィーユロース」だ。薄切りのロース肉が3枚重ねで提供されるので、崩さないよう重ねたまま焼き、洗いダレにどぼんとつける。すると加熱により縮み、隙間が生じた3枚肉の間に、洗いダレがぐいぐい入り込んで、タレをとっぷり含んだ“つゆたぷ”なお肉となる。これが口のなかで、ジュワワッ!と炸裂するのだ。
足繁く通う焼肉店のひとつ、地元民でにぎわう「牛おおた」では、濃い味噌ダレを絡めたハラミ肉を、焦げる直前まで香ばしく焼いたあと、洗いダレにくぐらせて食べるのがたまらない。ちりちりと濃厚に焼けた味噌の香ばしさと、洗いダレの爽やかなレモンの風味が掛け合わされ、ハラミ肉が天下一のごはん泥棒に変身する。 
肉をどぼんと浸ける前に、まずはひとくちぐいっと飲んで、肉気分を盛り上げる。それが「牛おおた」の洗いダレ- 余談だが、牛おおたの洗いダレは、昆布とかつお節の出汁に、みりんや醤油を加えた薄味のおいしい“めんつゆ”で、そのまま飲むお客さんもいるという(わかる!)。〆に洗いダレで冷たいそうめんを食べることができたら最高だなぁ、と夢みる私は、いつかメニューに“そうめん”が加えられることを、ひそかに願っている。
もう一軒、20代のときに先輩編集者に案内してもらって以来、定期的に訪れている焼肉店が「焼肉江畑」である。この店には“洗いダレ”が存在しないのだが、タレ肉と共に注文するお決まりのものがある。生卵の黄身を落とした、とろろだ。
「濃いタレ味の肉を、とろろにぼってりつけて食べるのがうまい」
と当時先輩に教えてもらい、世の中には斜め上をゆく美味がまだまだあるのだなあ! と若かりし私は震えた。 
ポテトサラダやどぼ漬け(ぬか漬け)をつまみながら、お兄さんの肉焼き姿を熱く見守る「焼肉江畑」のカウンターは食いしん坊の特等席- 熱々に焼けた甘辛いタレ味の肉に、とろろをねったり、たっぷり絡めたら、一目散で口のなかへ。その悪魔的なおいしさに恍惚となりながら、すかさず白ごはんをかっこむ。口のなかは天国である。

とろろと黄身をよく混ぜ、肉を待つ。ちなみに「焼肉江畑」では、注文した塩味の生肉に山椒粉がふりかけてあるところも萌えポイント- ちなみに白ごはんは、必ずふた口分ぐらい取っておくこと。タレの風味が移った残りのとろろを、最後にごはんにかけ、肉の余韻とともに楽しむのである(というわけで、せっかく落とした肉の脂もカロリーも責任をもって回収!)。はあ、いますぐ焼肉食べたい……。
ところで、京都らしい牛肉料理といえば、“オイル焼き”もある。
老舗のすき焼き店「モリタ屋」のメニューに発見し、なにこれ? と目を丸くした謎料理。厚みのある和牛肉を、オリーブオイルを引いた鉄板でミディアムレアに焼いたもので、網で焼く焼肉とは肉のサイズも厚みも異なり、別ものだ。どちらかというとステーキに近いのだけれど、特製のタレをつけて食べるところが、ちょっと違う。店の人に聞いたところ、オイル焼きは京都発祥。市内のいくつかのすき焼き店で提供されている。
ぷるりと脂の艶をまとった和牛肉を、しっかり甘くて辛い醤油ダレに沈めたら、黄身おろしを絡めて、白ごはんにオン。噛む力がほぼいらないやわらかさ、なのに堂々たる旨み。味わいのところどころに、すき焼きの無欠なおいしさがちらつき、日本人の心をわしづかみにする絶品であった。
京都は牛肉を味よく食べさせることに長けているなあ……、としみじみ。この街はやっぱり牛肉文化である。 -
焼肉の名門 天壇
行きつけは祇園本店(駐車場完備で助かる)。刻みネギを肉でぐるっと巻いて食べる「1本上タンと葱の焼しゃぶ」、タレ味の「テッチャン」も好物
https://www.tendan.co.jp/index.php
牛おおた
ハツ刺し、センマイ刺しに、ヘレ、ロース、ハラミ。生から焼きまで肉はどれもとびきり極上。ナムル、テールスープもぜひ一緒に
焼肉江畑
お兄さんが肉を焼いてくれるカウンターも、自分たちで肉をジュウジュウ焼くお座敷も、どちらも趣あり。「サーロインステーキ焼」は必食
https://www.instagram.com/yaki29ebata/
モリタ屋
市内に3店舗、私の一番は眺望抜群の「JR京都伊勢丹店」。「オイル焼き」はコース仕立て。タレに添えられる“黄身おろし”もモリタ屋ならでは
https://moritaya-kyoto.co.jp/restaurant/
- 写真/仁平綾 バナーイラスト/若村大樹
- 著者プロフィール
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仁平 綾(にへいあや)
千葉県生まれ。エッセイスト。東京、ニューヨークで編集・ライターとして活動後、2021年に京都へ移住。著書に『ニューヨーク おいしいものだけ!』(筑摩書房)、『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』(だいわ文庫)、『京都はこわくない』(大和書房)など。食いしん坊が高じて、2025年夏にカフェ&グローサリーROBYNを京都にオープン。
インスタグラム:@nipeko55










