
脳内は食べもののことでいっぱい。祖母の手料理と母の洋菓子をたらふく食べて育ち、東京で編集ライターをしながら、前のめりで食べ歩き。結婚後は中国・北京、ニューヨークに暮らし、見慣れぬ食材での自炊に奮闘しながら、ストリートフードから星付きグルメまでを果敢に食べ込んだ。2021年、縁もゆかりもない京都へ移住。京野菜、京豆腐で作る家ごはんのおいしさに唸りつつ、町中華、町洋食、焼肉、団子にケーキを縦横無尽に消化吸収中――そんなエッセイスト仁平綾さんのこれまでといまの雑食ぶりを綴る連載エッセイ。
第1回
ハモに目醒める
更新日:2026/05/13
- 土地土地の食べものがある。スーパーに足を運ぶと、ずばりわかる。京都といったら、なんといっても「鱧(はも)」である。
移住したばかりの初夏、近所のスーパーの魚売り場で、素通りできずに思わず立ち止まった。プラスチックの細長いトレーに並ぶ、白い身を開いた魚たち。二等辺三角形の鋭く尖った頭が付いているものもある。ひょろ長くて、身が生イカのように薄白い、ぺったんこの魚たちはいったいなんだ? 穴子……?
ぐっと近寄ってみたら、骨切りされた鱧だった。スーパーで、鱧! 
これ、割烹のクオリティでは……!?と震えた、下鴨にあるグルメスーパー「フレンドフーズ」の活はも- スーパーで売られているびっくり食材といえば、結婚してすぐに暮らした中国の北京を思い出す。いまから20年近く前のことである。
魚売り場には生簀(いけす)が置かれ、海老や貝類が生きたまま売られていた。そのなかに目を疑う見た目の生き物を発見し、うわあ!と後退(あとずさ)り。カーキ色のぬめぬめした肌をしたカエルが、水槽にぎゅうっと詰められ、何匹もうごめいていたのである。どれも私の手のひらほどの大きさだ。ひぃっ。
「そうか、中国にはカエルを使った料理があるもんなあ……」
と食文化への敬意を表することで気持ちを落ち着かせながら、いったい自宅でどう料理するのか、気になって仕方がない。まな板の上でどう捌くのだろう……? 皮は自分で剥ぐの……? 想像して鳥肌が立ってしまった。
後日、再びスーパーに足を運ぶと、魚売り場から逃げるようにして、調味料棚のほうへ大股で闊歩する脱走カエルを目撃した。禁断の水槽破り。私は「がんばれ」、カエルの背中にエールを送った。井の中の蛙、大海へ。「およげ!たいやきくん」のようにはなるなよー!
ニューヨークのブルックリンに住んでいたころ、近所のデリ(八百屋を兼ねたコンビニみたいな店)で目についた未知の食材は、すべすべとして茶色い棒状の野菜だった。
おそらく根菜だろうけど、私の目にはどう見ても、“すりこぎ”である。すり鉢とセットで使う棒状のあれ。台所用品が野菜に紛れて売られている可能性を疑いつつ聞けば、なんとYuca(ユカ)。タピオカの原料にもなるキャッサバ芋であった。見るからに固そうだけど、包丁で切れるのだろうか?
青いバナナも気になった。プランテンと呼ばれ、南米の人が好んで食べるらしい。ぶどうならマスカット、りんごなら“王林”といったところで、青く硬いけれどじつは熟していて、黄色いバナナにはない甘酸っぱさがあるのかも?と期待して買って帰ったら、甘みはなく、食感は“もそもそ”だった。ネットには加熱して食べるとあり、揚げバナナのレシピが複数。なるほど、と素揚げしてみたら、「ふぅん」という味であった。残念。
京都の鱧は、夏の名物として知られている。私が生まれて初めて食べたのも夏、父親の転勤で大阪に暮らしていた小学校高学年のときだった。
それは母と出かけた洋食レストランのランチセットの一品で、玉ねぎや赤いパプリカ、色とりどりの角切り野菜がガラスの小鉢に盛り飾られた下に、鱧がひっそり隠れていた。純白でもこもこの身を、くるんと丸めている。「虫みたい」と思った。『風の谷のナウシカ』のオームのようで、グロテスクだ。
甘酸っぱい南蛮漬け仕立ての鱧を箸でつかみ、ドキドキ、口に運んで、ふわもこの身を噛み味わう。あれ? すぐに違和感。なにこのトゲトゲ、ザリザリ。やわらかな白い身の奥に、硬い食感がある。ものすごく不快。も、もしかして骨!? そう察知した瞬間、おえー。吐き出したい気持ちをこらえて、懸命に飲み込んだ。
じつは私は、小骨恐怖症なのである。はじまりは小学1年生のとき、給食に出たいわしの蒲焼きを食べていたら、小骨が喉に刺さってしまったのだ。何度もごはんを丸飲みさせられても取れず、喉の奥がどうにも気持ち悪いまま数日を過ごし、最後は病院で涙目になりながら骨を抜いてもらった。そのトラウマで、うなぎや穴子といった小骨のある食べ物が大の苦手になってしまったのである。
「えー、うなぎに骨なんてないよー!」
「骨を気にしたことがないなあ」
そういう友人知人に出会うと、苦々しい気持ちがこみあげる。いえいえ、うなぎや穴子に骨はありますし。骨ごと食べる魚だしね! どんなに蒸され焼かれていようが、その存在を私は感じて、体が反射的に拒んでしまうのだから仕方がない。
“小骨系”にカテゴライズされ、苦手食材に降格された鱧。しかし! そんな私の鱧嫌いを、奇跡的に克服させてくれた恩師が京都である。
20代の後半から友人たちとたびたび京都を訪れ、背伸びして割烹にも足を運んだ。ある夏、品書きの看板に鱧の文字があり、
「わー、鱧だ! 食べよう!」
となった。
「鱧かぁ……」
気が重かったが、京都らしさを全力で楽しもうという一丸となったムードを壊したくない私は、「嫌いなのでパス」とは言い出せず、渋々、鱧の落としに箸をつけた。
すると、あら不思議、まさかのおいしさ。あの忌まわしいトゲトゲがないのである。ミリ単位で包丁を入れ、骨がしっかりと切断されているからか、歯や舌に当たる骨の硬さはどこへやら。つるりと飲むように食べてしまった。
なにより、熱湯でさっと湯引きし、適度な頃合いで冷水に落とした鱧は、水っぽさがなく、ふかふかの身と、ぷるりとゼラチン質の皮目の対比が見事だった。鱧にはこれといって味がない、と思い込んでいたけれど、ほかの魚にはない淡白な旨みも感じられた。
子どもの頃に食べた鱧は、たまたま骨切りが甘かったのだろう。以来、鱧に目覚めた私は、京都の和食店やフレンチレストラン、ワインバーのメニューに鱧を見つけては、前のめりで頼む人となった。
「骨を感じたら嫌だなぁ……おえってなっちゃう」
と、いまでも恐る恐る口をつけているが、京都の骨切りのレベルは高いと見られ、心配無用。粗相することなく食べられている。鱧の落としに炙り、ふわふわの鱧天やフライ……。鱧は夏の楽しみのひとつとなった。
関東のスーパーではまず見たことがないし、都内で通っていた魚屋でもお目にかかったことがない、鱧。庶民が安易に手を出す魚ではないと思っていた。飲食店だけでいただく高級魚じゃないの?
ところがまわりの京都人いわく、骨切り済みの鱧はスーパーで手頃な価格で売られており、もの珍しい魚でもなんでもない。だから夏の食卓には、たびたび鱧料理がのぼるという。そうなのか! ならばと私も京都人ぶって、買い求めるようになった。
骨切りされた鱧を4~5cm幅ぐらいに切って、塩コショウをし、小麦粉、溶き卵、パン粉(細目を推奨)の順に衣をつけて米油で揚げる。外はざくざく、噛めば、ほかぁ~、な鱧フライが完成。結晶塩と粉山椒で食べれば日本酒のアテ、しゃばしゃばしたウスターソースをかけて食べればビールのつまみにもってこいである。
ちなみにソースといえば、関東人の私はブルドックの中濃ソース派なのだけれど、京都人はウスターソース派が多数。スーパーの棚でもウスターが幅をきかせており、中濃は影が薄い。東西でソースの好みが分かれるとは謎である。
スーパーで購入した鱧を、熱湯にくぐらせ湯引きしてみたこともある。鱧の落としである。練り梅をつけて食べよう~とはしゃいだものの、おそらく技術の問題で、割烹のそれには遠く及ばなかった。べちゃりとして、食味が悪い。というわけで失敗の少ない鱧フライばかり作っている。
時間と心に余裕があるときは、鱧天うどんにする。骨切り済みの鱧を食べやすい大きさに切り、天ぷらの衣をつけて揚げる。同時進行で麺を茹で、冷水でぎゅっと冷やしたら、「おだしのうね乃」のそうめんつゆ梅(夏季限定)でいただく。カリッ、ほこっとした鱧天が、ほんのり梅のきいためんつゆにぴったりあうのだ。
最後に、忘れられない鱧体験をもうひとつ。とある年の11月、日本料理店「じき 宮ざわ」でいただいた鱧である。
「秋になると鱧は脂がのって、味もよくなる。いい出汁が出るんですよ」
と教えていただいて、へー、鱧は夏だけのものではないのだなあ、と知った。食通は秋の鱧を好むらしい。
椀ものの蓋をあけると、薄くスライスされたれんこんの下に、出汁にひたひたと浸る、湯引きされた鱧。おなじみ、ふわふわの風貌ながら、箸でつかむとぶりんと弾力を感じる豊満さ。脂をまとっているためか、あっさり淡白が身上の身の味わいは、いつもよりぐんと主張があり、甘く、なんというか肉感的であった。その旨みが溶け込んだ出汁のすばらしさは、いわずもがな。それからは通ぶって「鱧は秋ですよねー」などと吹聴している私である。
ところで、京都の小学校の給食に、鱧は出るのだろうか? もしそうだとしたら、とっても羨ましい。私の給食が、いわしの蒲焼きではなく、京都の鱧だったらよかったのになあと思う。 - おだしのうね乃
天然素材を使った無添加のおだしと調味料。めんつゆ系は冷蔵庫に常備。「京のしろだし」は家ごはんの救世主です
https://odashi.com/
じき 宮ざわ
味わいに、盛りつけに、いつも鮮烈な発見のある日本料理店。東京からの友人とよくランチで利用しています(昼のコース8800円~)
https://jiki-miyazawa.com/jiki/ - 写真/仁平綾 バナーイラスト/若村大樹
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- 著者プロフィール
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仁平 綾(にへいあや)
千葉県生まれ。エッセイスト。東京、ニューヨークで編集・ライターとして活動後、2021年に京都へ移住。著書に『ニューヨーク おいしいものだけ!』(筑摩書房)、『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』(だいわ文庫)、『京都はこわくない』(大和書房)など。食いしん坊が高じて、2025年夏にカフェ&グローサリーROBYNを京都にオープン。
インスタグラム:@nipeko55
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