『家父長制の起源』刊行記念 上野千鶴子氏×佐藤文香氏対談【前編】
年長男性が女性を支配する「家父長制」は、なぜ手ごわいのか?
女性が働くのに「夫の許可」が必要⁉
- 上野
-
家父長制は時代や社会とともに変わる、ということが『家父長制の起源』では論じられています。
例えば、日本の古代は「双系制」(注:女系と男系の双方を含むもの)だったと言われています。2024年の大河ドラマは、紫式部を主人公にした『光る君へ』。あの時代は通い婚でしたから、女の実家が強くないと、相手の男も出世できない時代でした。
話は変わりますが、2024年下半期のNHK朝ドラ『虎に翼』、皆さん、観てました? 私は毎朝、早起きして観ていましたよ(笑)。
- 佐藤
- 日本中、大熱狂でしたね。
- 上野
-
オジサンはあまり観ていなかったらしいけどね(笑)。
このドラマの中に、有名なエピソードがあります。戦前は、既婚女性は「無能力者」だった。すごいよね!
まず参政権が無い。選挙権を持っていない。選挙権が無いということは、国民としての権利が無いということです。
- 佐藤
- 契約もできませんでした。
- 上野
-
財産権が無い、所有権も無い、契約権が無い。日本の妻はセールスの人が来たら、「主人が帰りましたら、相談してお返事申し上げます」と言うことになっていました。夫が意思決定権を持っていますから。
「相談してお返事申し上げます」というのは、ふつうは体よく断るための婉曲語法だと言われていますけれども、実は戦前は、婉曲語法ではなくてそのものズバリ。夫にしか決定権が無かったんです。
『虎に翼』に影響を受けて、私もいろいろと調べてみたんだけど、妻が外に働きに出るのにも夫の許可が必要だった。驚きますよ。今でも女の人と喋っていたら、「夫の許可を得て外に働きに出ました」って言う人がいる。
- 佐藤
- いますよね。はい。
- 上野
-
戦前と同じかよ、と。許可って何? じゃあ、もともと夫に禁止されていたわけ? って。実際にそれぐらい、家長権というものが強かった。
でも、これが日本の由緒正しき伝統だという風には勘違いしないでくださいね。日本の“家”制度における家長権というのは明治民法以降のもので、明治民法がモデルにしたのは「ボアソナード法典」というフランスの民法です。
あまり知られていませんが、フランス革命の後、なんとフランス女性の地位は、それ以前よりも低下しました。法的無能力者になってしまった。日本の民法はそれをそのまま真似したわけです。
明治時代、つまり近代になってから日本では妻の地位が下がった。じゃあ、それ以前はどうだったのか。中世女性史の研究者、脇田晴子さん(注:歴史学者・滋賀県立大学名誉教授)に教えてもらったことがあります。「中世の女性と、古代(平安朝)の女性、どちらの方が地位が高かったのですか?」。こう尋ねたところ、実に見事な答えが返ってきました。
古代(平安朝)においては、姉妹として、娘としての女性の地位は高く、妻としての地位は低かった。しかし中世の武家社会になってから、姉妹として、あるいは娘としての地位は低下し、妻としての地位は上昇したという説明でした。いったい、どういうことなのでしょう?