『家父長制の起源』刊行記念 上野千鶴子氏×佐藤文香氏対談【前編】
年長男性が女性を支配する「家父長制」は、なぜ手ごわいのか?

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

「女より男のほうが強くて賢い」は、本当か?

上野
『家父長制の起源』では、ジェンダーにまつわる様々な「神話」を扱っています。「神話」とは何か。「根拠のない思い込みの集合」の別名です。例えば、「女より男の方が強くて賢い」とかね。……本当かよ、と。こういうことの大半って、ただの思い込みなんですね。
この本のタイトルには「起源」という言葉が入っていますが、男女の不平等は人類史が始まって以来ずっと続いてきたんだ、なんて言われたら、運命だから変えられないと思っちゃうでしょ。
「男女不平等、いつから始まったの?」って学生さんに訊くとね、男子学生はほとんど必ず、「だって原始時代からそうだったんですよね」って言うんです。えっ、妙に自信満々だけど、アンタ知ってるの? その頃に生きてたの? って思うんですが(笑)。
佐藤
(笑)。
上野
次のように言われることがあります。「男は狩りに出かけ、女は赤ん坊を抱いて洞窟で待っていた」。なぜかというと、人間は子どもをネオテニー(幼態成熟)で生むからです。
動物を考えてみてください。鹿とか馬なんて、子どもは生まれたら数時間でサッサと歩き始めるし、オムツもしなくて良いからね。ああいう風に生まれればよいのだけど、人間は手のかかる状態で生まれるので、母親は長期間にわたって子どもに縛りつけられてしまう。
そうなると、男が食料調達に出かけている間に、女は洞窟で子どもを育てなければならない。生き延びるためには長期にわたって男を繋ぎ留める必要があるから、人間の女は発情期を無くした。年がら年中、セックスできるようになったんだ、と。これが今まで信じられてきた「神話」、つまり思い込みです。
今回、私はこの『家父長制の起源』に解説を寄せました。そこに何を書いたか。
Nutrition Anthropology(栄養人類学)という学問分野があります。このところ、古代史の発掘調査はすごく精度が上がっています。発掘場所から人間の排泄物の跡が出てくることがある。そこから、当時の人たちが何を食べていたかということが同定できるんですね。
最新の調査の結果、わかったことは何か。古代の人たちは大型動物だけを食べていたわけじゃない。野営地周辺の植物性資源と、小動物もたくさん食べていたらしい。
男たちの狩りには当たりはずれがあって、手ぶらで帰ってくることもあった。当然ですよね。漁労をやっている民族についても、専門家から話を聞きました。遠洋航海で大物を狙いに行っても、うまくいかなくて手ぶらで帰ってくることもある。そういう博打(ばくち)みたいな男の狩猟を、腹を空かせてじっと待っているほど女はアホでも無力でもありません。
その間、女は居住地周辺の小動物を狩り、植物性資源もちゃんと採っていた。結局、みんなが生きていくための栄養の約6割は女性が採集したもので成り立っていた。こういうことが栄養人類学の成果からわかってきました。
女性がハンターや戦士をやっていたこともわかっています。槍が刺さった女の頭蓋骨も見つかっています。そして共同体の支配者もいたらしい。
『家父長制の起源』にはチャタル・ヒュユクという、トルコにある紀元前7500年ごろの遺跡が登場します。当時の日本列島なんて、まだ石器時代です。チャタル・ヒュユクには文明があって、どうやらそこで中心になった女神がいたらしい。といっても、本当に神様なのかどうかわからないから、今は女性像と呼ばれているようですが。

チャタル・ヒュユクの座った女性(Hugh Honour and John Fleming, A World History of Art, 2005: illustration, fig. 1.16)

写真を見てください。どこか日本の土偶と似ています。おっぱいがあって、おなかが出ていてドッシリとした体格。両側には動物らしきものを従えています。こういうものが紀元前7500年ごろに崇拝の対象になっていた。
女が戦闘の神であるというのは、例えばギリシャ神話のアルテミスなんかがそうですね。それから、ヒンディー教の女神カーリー。怖いですね~。足下では男が踏みつけられています(注:夫であるシヴァ神だとされる)。世界中に、こういうものはいっぱいあります。

女神カーリーを描いた絵(Anders Blomqvist/Getty Images)

考えてみれば、日本も同じです。邪馬台国の卑弥呼。それから神功皇后も闘う女帝でした。女は指導者にも戦士にもなっていました。

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.