『家父長制の起源』刊行記念 上野千鶴子氏×佐藤文香氏対談【後編】
「家父長制」は決して無敵じゃない! 私たちが希望を持つべき理由
国連の家父長制を世に知らしめた「事件」
- 上野
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ここで、佐藤さんが監訳されたシンシア・エンローの『〈家父長制〉は無敵じゃない――日常からさぐるフェミニストの国際政治』(岩波書店)を見てみましょう。
こんな画像を用意してきました。ちょっと解説してくださるかしら? メチャクチャ面白い話です。かつて国連でこんなことがありました。
ワンダーウーマン。国連ホームページより
(https://www.un.org/en/messengers-peace/wonder-woman)
- 佐藤
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『ワンダーウーマン』という作品、ご存じでしょうか。アマゾネスですよね。とても強くてパワーがある、闘う女性像。これを国連が2016年に「女性と女児のエンパワーメントの名誉大使」に任命したんです。
ところが、ちょっと見ていただければわかるように、これが非常にエロティックで。女性の性的な部位を強調したようなアイコンじゃないですか。なので、女性たちをはじめとする国連職員が抗議の声をあげました。こんな実在でもない、過剰にセクシャライズ(Sexualize)されたシンボルを私たちは大使にする必要があるのか、と立ち上がった。
Comic-Con International 2016で展示されたワンダーウーマンの絵(Matt Cowan / Getty Images)
そういうエピソードが、『〈家父長制〉は無敵じゃない』の第8章で紹介されています。
- 上野
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日本にも似たような炎上広告がいっぱいありますよね。いやはや、国連も同じことをやっているのかと(笑)。大きなパネルをわざわざ国連のビルに張り出したんですって。
ところが、女性の職員たちが “Don’t Sexualize Us!” と言った。だって、強い女であるためにこんな露出度の高い恰好をしている必要は何ひとつありませんから。それで、抗議があって掲出をやめたっていうんだから、国連も日本とあまり変わらない(苦笑)。
- 佐藤
- 結局、たった2ヶ月で降ろしちゃったようです。
- 上野
- なに、2ヶ月も出していたの⁉ 3日で降ろせばよいのに!
- 佐藤
- でもその時に、「抗議の声に応えて」ということは絶対に言わないんです。
- 上野
- あっ、言わないんだ。
- 佐藤
- 「役目を終えた」と言うんです。
- 上野
- ああ、そう……。やっぱり国連もそうやって建前と本音があるのか……。
- 佐藤
- シンシア・エンローはこういう風に書いています。「家父長制的な人びとの学習作法のひとつとは、自分たち以外の人間からなにかしら教わったという事実を否定するやり方を学ぶことのようである」と(『〈家父長制〉は無敵じゃない』182ページ)。
- 上野
- なるほどね。“マンスプレイニング”と同じね(注:manとexplainingを合わせた造語。男性が、相手が女性だと無知であると決めつけ、上から目線で物事を説明しようとする態度)。「そういうことは元から僕ら、知ってたもん!」って。
- 佐藤
- 元から知っていたし、「フェミニズムを学んだ女性たちの圧力なんかに自分たちは屈しないんだ」ということを強硬に示そうとする。
- 上野
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じゃあ国連も家父長制なんだ(笑)。こういう事例が出てくると、よくわかる。
エンローさんの本の中では、家父長制に亀裂が入る場面がいっぱい紹介されます。そんなに簡単に家父長制は再生産されるわけじゃないんだ、と。
そういう時に、私たちが抵抗するためのひとつの方法が、ドラマ『虎に翼』に出てくるキーワード、「はて?」だと思うんです(注:主人公の寅子が、世の中の常識や不条理などに疑問を抱いた時に発する口癖)。この言葉には時を止める力があるから。
「はて?」を沢山の女の人たちが言い続けてきて、そのつど、家父長制を揺るがしてきた。だから家父長制は決して無敵じゃないんだよ、というのがエンローさんの本のメッセージです。
考えてみれば、まったくその通りですよね。エンローさんの言うように、「どんな制度も、それに従う人の協力や共犯関係なしでは持続しない」のですから。奴隷制度だって、奴隷頭(どれいがしら)という人たちが主人に協力していたからこそ成り立っていたわけでしょう。
- 佐藤
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「はて?」というのは、たぶんシンシア・エンローの言葉でいうと「フェミニスト的好奇心」になると思います。
彼女は自然とか伝統とか、あるいは「些細な問題」だとか、そういう問いのひとつひとつに好奇心を寄せて、それがある種の意思決定の結果だということを暴き出していきます。そしてフェミニスト的好奇心によって、その意思決定した人に責任を取らせようとする。そんな闘い方についても、この本の中では書かれています。少し引用しましょう。
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フェミニスト的注意をむけること、フェミニスト的問いを投げかけること、フェミニスト的調査を行うこと、隠されたジェンダー問題を露わにする概念をつくること、多様でひらかれた幅広い連帯をつくること、そして、慎重さと創造性をもって行動すること――そうすれば、家父長制に勝ち目はない。
(『〈家父長制〉は無敵じゃない』195ページ)
これを読むと、ちょっと元気が出ませんか?