知と創意のエンタテイメント 集英社 学芸編集部

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Nonfiction

読み物

読むダイエット 高橋源一郎

第11回 筋肉ってなんだ?

更新日:2021/09/01

 ダイエットは、なんのために行うのか。この連載を読まれている方なら、わたしが、単に痩せるために、ではなく、身心とも健康になるために、ダイエットに励んでいることをよくご存じのことと思う。そして、あらゆるダイエットで推奨されているのが、適切な食事と適切な運動なのだ。このことに例外はない。いくら適切な食事をとっても、不規則な生活をおくったり、運動をまったくしないとするなら、効果はほとんどない、ということは、あらゆる「健康」本、「ダイエット」本に共通した認識なのである。って、まあ、当たり前ですね。
 これまでは、この連載では、もっぱら適切な「食事」について、つまり、「食べる」こと、あるいは「食品」を中心に論じてきた。今回は、少し視点を変え、適切な「運動」について、さらに対象となる「からだ」そのものについて考えてみたいと思っている。
 それにはちょっとした訳がある。ある方とお会いし、お話をうかがい、ひらめいたのである。
 お会いしたのは、ボディビルダーで日本体育大学准教授の岡田隆さんだ。もしかしたら、「バズーカ岡田」という名前の方が有名かもしれない。なので、ここからは、親愛の情をこめて「バズーカさん」と呼ばせていただく。その、バズーカさんは、大学の先生だけではなく、「柔道全日本男子チーム体力強化部門長」という役職もつとめられている。日本で、体力や筋肉強化についてもっとも詳しい人といっても過言ではないだろう。
 わたしは、バズーカさんの本を何冊も読み、その合理的かつ明快な考えに深い感銘を受けていた。バズーカさんに、わたしの「ダイエット」論についてお話しすると、ほめてもいただいたのだ。お世辞にしても、うれしいことだ。そのことについては後述するとして、アスリートや若い人たちと、わたしのような後期高齢者では、根本的に条件がちがう。わたしのような年齢になると、「からだを鍛える」ためではなく、「健康で長生き」するために、ダイエットし、運動するのである。そして、わたしがたどり着いた結論は、(途中で速歩を混ぜた)ウォーキング+スクワット、だったのである。
 わたしが、その旨をいうと、バズーカさんは、「さすがですね、スクワットの重要性に気づくなんて!」とおっしゃった。そして、こう付け加えられた。
「せっかくやるんだったら、ただのスクワットではなく、片足だけでやるブルガリアン・スクワットがもっと効果的ですよ」
 ちなみに、バズーカさんは、理学療法士をされていたこともあるそうだ。実は、病や怪我で筋肉が衰えた人たちを回復させる作業の専門家なのである。
「老い」は、足からやって来る。歩けなくなれば、筋肉はさらに衰え、たちまち寝たきりになってしまうかもしれない。それを防ぐためには、強い下半身を作らねばならない。とりわけ、からだを安定させるのが、臀部の筋肉で、それを鍛えるのにいちばんいいのが、ブルガリアン・スクワットなのである。みなさんも、ぜひどうぞ。めっちゃきついですが。

スクワットという神秘

 ところで、「スクワット」とはなんだろうか。実際に、日々行っている方もいらっしゃるだろうし、ああ、あの、上半身は立てたままお尻を突きだして膝を曲げたり伸ばしたりするトレーニングね、と想像できる方もいらっしゃるだろう。
 実際、ダイエットとからだを鍛えるトレーニングは、本来目的は異なっているはずである。ところが、からだを鍛えるトレーニングの一つである「スクワット」に関する本は、なぜか、「ダイエット」や「健康」や「長生き」のコーナーに置いてあるのだ。
 代表的な「スクワット」本を5冊ほどあげてみよう。特徴は、タイトルの他に、直接、内容に関わることばが表紙や裏表紙に印刷してあることだ。

(1)『毎日5分 すごい! スクワット』(アチーブメント株式会社主席トレーナー・佐藤英郎 アーク出版)
……の表紙に印刷されているのは、
「いつまでもさびない身体をつくる!!」
「人生100年時代 生涯現役をめざす!」
「はたらく! 学ぶ! 旅する! あそぶ!」
「筋肉を鍛えるのに遅すぎるということはありません! スクワットをはじめましょう!!」

(2)『70歳、医師の僕がたどり着いた 鎌田式「スクワット」と「かかと落とし」』(鎌田實 集英社)
……の表紙には、これだけ。というか、タイトルが長い。

(3)『最後の日まで笑って歩ける ため息スクワット』(順天堂大学医学部教授・小林弘幸 集英社)
……の表紙に印刷されているのは、
「ため息つけば幸せは逃げるどころかやってくる!」
「はぁ~」

(4)『血糖値がみるみる下がる! 7秒スクワット』(日本内科学会認定医・日本糖尿病学会所属・宇佐見啓治 文響社)
……の表紙に印刷されているのは、
「糖尿病臨床医考案の新メソッド 改善率85%以上」
「血糖値の上昇は、筋肉不足が原因だった! ブドウ糖を効率よく取り込み、血糖値を下げるすごいスクワット。」
「ヘモグロビンA1c11.1%→5.4% 血糖値406mg→91mg 実践者から感謝の声続々!」
「薬、インスリン注射から解放された人から感謝の声が!」

(5)『世界一やせるスクワット』(スポーツ&サイエンス代表・坂詰真二監修 日本文芸社)
……の表紙に印刷されているのは、
「超カンタン! 1日3分で効果絶大!」
「やせたいなら『回数』なんて意味がない!」
「最短効率で理想のカラダを手に入れる!」
「むっちり太もも でか尻 ぽっこりお腹  背中のハミ肉 気になる部位もまとめて解消!」

 どうだろうか、「スクワット」は、ため息をつきながら、1回僅か7秒で1日3分か5分やりさえすれば、血糖値は下がるし、理想の肉体になれるし、それどころか老人になってもできるし、100歳まで長生きした上、最後の日まで笑って歩けるのである! 最高ではありませんか! しかも、集英社が特に推薦しているらしいやり方なのである……それぞれの本に印刷された「!」の影響をうけて、この文章まで「!」が多めになりそうだが、それだけは気をつけたいと思います……。
 それにしても、話半分、いや、話四分の一ぐらいに受けとったとしても、「スクワット」というものが、たいへん有意義なものであることがわかるだろう。老人でもできて、負担が少なく、かつ効果は大きい。そこで、みなさんには、この中でも、とりわけ高齢者に向けて書かれた可能性が高い3冊について、紹介してみたい。これらの本に書かれていることなら、誰だって、楽々実行できるにちがいないからだ。

『毎日5分 すごい! スクワット』の著者、佐藤英郎さんは、この本の執筆時68歳。わたしとほぼ同年齢のようだ。そんな佐藤さんは、こう書いている。

佐藤英郎『毎日5分 すごい! スクワット』
アーク出版

「私は現在アラ古稀です。/毎日20日前後研修講演で人前に立っています。会社の中で最もハードに働いていると思います。/しかし、この30年間病気らしい病気をしたことがありません。最後に風邪をひいたのは記憶によると35年前です。/四十肩や五十肩とも無縁です。体調を悪くすることもありません。体重も学生時代と変わりません。身体年齢は32歳です。/私には人生の目的があります。/80歳に体力知力をピークにもっていき、生涯最高の研修をするというものです。そして生涯最後までカッコ良く生きて、人に生きる勇気を与えたいと思っています。/人生100年の時代です。健康こそが目的を支えてくれるのです。/そのために日々コツコツと努力をしています」

 いや、これはものすごく期待できそうではありませんか。
 そんな佐藤さんは、どんな運動をしているのか。といっても、もちろんスクワットである。ただしやり方は「スロースクワット」だ。

「立って両足を肩幅と同じくらいに広げます。これが基本姿勢です。/腕は特別なことをしません。僕は胸の前で組んでいますが、そのまま身体の横にたらしてもいいですし、腰に当てていてもかまいません。/その姿勢で膝を曲げ、腰を下げる・上げるを繰り返すのが基本です。/後ろに椅子があると思って、椅子に座る要領で腰を少しずつ下ろしていきます。上半身をまっすぐ立てたまま、垂直に降ろす感じです。/重心を足の裏の真ん中から少しかかと寄りにかけるとやりやすいでしょう。/膝の曲げをしだいに大きくしていき、ももが床と平行になるくらいまで腰を下ろします。膝とももの角度はほぼ90度です。上半身は自然に少し前屈みになります。/そのままの状態を少し保ち、それから上げていき、もとの姿勢にもどります。/これがベストのやり方です。/『スロー』と付いているのは、この腰の上げ下ろし・膝の曲げおろしをゆっくり時間をかけて行なうためです。/腰を下げるときは3~5秒かけます。ももが床と平行になったらそのままの姿勢を5秒間維持します。それから、また3~5秒かけてもとの立位に戻ります。『イーチ、ニー、サン、シー、ゴー』と声を出しながら、するのもよいでしょう」

 これは、あらゆる「スクワット」の基本形の説明だ。この通りやれば、みなさんも「スクワット」ができる。佐藤さんは、それを少しスローな調子でやられている。以上、おしまい。
 えっ? おそらく、この本の読者は、(もし、少しでも、運動やトレーニングをやったことがある方なら)読んだ後、驚くのではないか。「スクワット」に関する説明は、ほぼこれだけ。あとは、やるだけ(佐藤さんは、毎日やっておられる)、なのである。
 実は、この本、150頁もあるというのに、この部分だけ読めば、あとは不要……いやそんなことはありません、そこだけでも素晴らしい。なので、「ドイツ・ボッフム大学永代教授」で心臓外科医の南和友先生や、元ヤクルトスワローズの尾花高夫さんや、元日本ハムファイターズの白井一幸さんたちの健康エッセイなどがふんだんにのっている。まあ、みなさん「スクワットをやりましょう!」しかいわないのだが。
 それ以外で、佐藤さんが書いているのは「自宅周辺を走ること」と「食事」のことぐらいだ。その「食事」の内容も「一日2食・夜8時以降はいっさい食べない・食材は野菜中心」ということぐらい。これもダイエット界隈でよく知られた食事内容だ。というか、わたしも、こんな感じ。なぜ「スクワット」がいいのか、その証明は、「この元気なわたしを見てください」ということになるのだろうか。
 それだけでは、ちょっと納得できない、という読者は、『70歳、医師の僕がたどり着いた 鎌田式「スクワット」と「かかと落とし」』を読まれるといいのではないかと思う。

鎌田實『70歳、医師の僕がたどり着いた 鎌田式「スクワット」と「かかと落とし」』
集英社

「3年前、体重が80キロまで増えた。/僕は身長171センチ。高校生時代の体重が72キロで、その後、少しずつ増えて、多いときで75キロにはなったけれど、だいたい70キロ台前半をいったりきたりしてきた……(この連載をずっと読んでいらっしゃる読者の方ならご存じのように、わたしの場合も、数年前、10キロ近く増量したのでダイエットを始めたのである、なんと鎌田先生は我が同士だったのだ)……何かしなくては、と危機感を持ったとき、10年以上、講演会で推奨してきた『スクワット』や『かかと落とし』が頭に浮かんだ。それまでも、ときどき家で行ってはいたけれど、毎日真剣に取り組むようになった。/すると、少しずつ体重が減り、軽やかに動けるようになってきた……体にいいことをしている、と思うと、食べるものにも意識が向く。運動後、甘いものは自然と口にしなくなった……(鎌田先生は、「運動」先行で、その後、「食事」に向かったのである。わたしと方向は逆だが、この二つが連動していることに変わりはないのである)……3年たって、今、体重は70.9キロ。60キロ台が見えてきたのがうれしい……(おお、このあたりの時間の経過も、体重の減り方も、同じだ! あらゆるダイエットに共通する、うまくいった場合の成果である)……どうも、筋肉がついて、代謝がよくなり、体重が増えにくくなっているみたいだ……(その通り! 鎌田先生。わたしの調査・研究でも同じです)……僕の筋活は、体重を減らすことだけが目的ではない。/近年、筋肉が注目されている……(さあ、いよいよ本題である。まずは、「筋活」ということばに注目していただきたい、「就活」という一般的な用語から飛び火した「×活」ということばは、「終活」や「パパ活」を通過して、ついには「筋活」という新しいステージにたどり着いたのである)……運動をして筋肉を強化すると、血糖値が下がり、血圧も下がる。そして『マイオカイン』という筋肉作動物質が分泌されて、がんや認知症、うつ病を予防する可能性があることがわかってきた……(「マイオカイン」覚えました! あと、筋肉を鍛えただけで、こんなに効果が!)……こうした病気の予防や悪化防止のためにも、『スクワット』『かかと落とし』などの『筋活』と『骨活』、後で紹介するたんぱく質重視の食事『たん活』を始めてほしい……(また、新たな『×活』登場! 『かかと落とし』については後で紹介するとして、たんぱく質重視の『たん活』なら、もちろんみなさんやっておられますよね)……『筋活』と『骨活』は、高齢者が直面する大きな問題、筋肉のフレイル(加齢や生活習慣によっておこる虚弱)にも有効だ。『平成30年版高齢社会白書』によると、65歳以上の人で介護が必要になった原因の36.5%が、フレイル、骨折、転倒、関節の病気など運動機能に関わる症状や事故となっている。だからこそ、『筋活』と『骨活』なのだ」

 鎌田先生は、加齢により、からだのあちこちに障害が生じた。それから、スキーで転倒して、二度も骨折したりもした。そして、その原因を調べてみた。なにしろ医者だから、からだの不具合を調査するのはお手の物だ。そして、このような結論に達するのである。
「振り返ってみると、ケガや不調もすべて『筋肉の衰え』が原因だったように思う……論文を調べてみたら筋肉は20歳をピークに衰えることがわかった……50歳からは毎年1%ずつ筋肉が減少していく、という論文もある」

著者情報

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)

1951年広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。1981年、『さようなら、ギャングたち』で作家デビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞を受賞。
主な著書に『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』、『恋する原発』、『銀河鉄道の彼方に』、『今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇』などの小説のほか、『ぼくらの文章教室』、『ぼくらの民主主義なんだぜ』、『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』、『お釈迦さま以外はみんなバカ』、『答えより問いを探して』、『一億三千万人のための『論語』教室』、『たのしい知識──ぼくらの天皇(憲法)・汝の隣人・コロナの時代』、『「ことば」に殺される前に』など、多数ある。

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
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