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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

民族錯綜の地

更新日:2019/11/13

 ニューギニア島は千もの言語が存在し、谷ひとつちがえば言葉がちがうといわれるほど夥しい数の民族が存在する。ひとことでいえば人間的渾沌の地、丸木舟で川ひとつ遡るのも難しい。九月のニューギニア探検がうまくいかなかったのも、彼の地の人的カオスぶりをあまく見ていたせいかもしれない。
 そもそも出発の時点から躓(つまず)きはあった。われわれは丸木舟を村人から購入し、案内人を一人か二人やとって、のんびりと岸でキャンプをしながら川を遡るつもりだった。ところが、どの村でも舟を売ってくれる人物が見当たらなかった。売ってくれるという人もいないではなかったが、途方もない金額をふっかけてきて、売りたくないという意思を露骨にしめしてくる。
 購入できない以上、われわれとしては丸木舟を借りて上流に向かわざるをえなかったのだが、困ったのは、どの村の人たちも隣村までしか案内してくれないことだった。たとえば隣村が二、三時間漕いだらついてしまうほど近くにあっても、彼らは決してその先にある、さらに次の村までは案内してくれない。隣村についたら、われわれを引きわたして、とっとと帰ってしまう。これは推測だが、村がかわると民族もかわるため、われわれを隣村の次の村まで連れていくと、その村の縄張りをおかしてしまうことになり村同士の諍(いさか)いの原因となるからだろう。実際、村がかわると人々の気質や顔つきもおどろくほど変わった。えらい愛想のよくて、ホスピタリティーにあふれている村があるかと思えば、能面のように表情がとぼしく、金にがめつい人たちの村もあった。
 隣村までしか案内してくれないので、われわれは毎日、次の村までの金額交渉をおこなわなければならない。出発前に金額交渉しても、彼らは到着したら必ず増額を要求するので、そこでまた交渉となる。つまり朝、晩、二回の金額交渉があり、そのたびに怒ったり、なだめすかしたりしなければならず、このやり取りにほとほと疲れ果ててしまった。
 今回の旅は十八年前に失敗した旅のつづきを、四十代の中盤にさしかかった自分がおこなうことが目的だったが、考えてみると、あのときの旅が失敗したのも、同地の複雑な人間の渦のなかにまきこまれたのが直接の原因だったのだ。それなのに今回もまた、十八年前の風景が重ねうつされたかのように、まったく同じ理由で旅は中止となった。その意味では、前の旅のつづきを完璧に正確におこなってしまったといえなくもないのだが……。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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