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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

カムチ

更新日:2019/04/24

 北西グリーンランドの言葉で橇はカムチという。イパガウタとかキッヒビアッホとかいった覚えにくい発音の言葉が多いなかで、カムチは単純で日本人でも発音しやすく非常に助かる。
 当地に来ると村のあちこちに同じようなカムチが転がっているので、製作方法はすべて同じ、誰でも同じ手順で同じように作るのだと思われがちだが、意外と人によってそれぞれこだわりがあり、細かいところで製作方法や使う道具がちがうので、戸惑う。
 たとえば地面との接地面につけるプラスチックのランナーをとめる釘の種類だ。ある人に言わせればあまり太くて大きい釘を使うと、釘穴が大きくなり木材の強度が落ちるため少し短くて細い釘を使うほうがいいというが、他の人に言わせると細い釘だとすぐに抜けるので太い釘じゃなきゃダメだという。そして好意で太くて錆びないステンレスの釘を沢山持ってきてくれるので、私のほうとしても使わないとなんだか悪いなぁと思い、橇づくりを指導してくれている〈細い釘派〉の村人のところに持っていくと、その村人は「こんな太い釘ではだめだ。こっちの細いほうがいい。この太い釘は錆びない良い釘だから俺がもらっておく」などと支離滅裂なことを言って懐に忍ばせてしまったりするのである。一体なんだというのだろう(ちなみに釘はキキヤといい、釘っぽい語感の発音なのでこれも覚えやすい)。
 各人の橇づくりのこだわりは様々な部位にこめられている。橇の先端部の形状の角度。これは雪や氷の凸凹の衝撃を吸収する役割があり、橇によって微妙に異なっている。後部の形や、お尻につける舵棒の形状や長さ、横桁をつける穴の位置など全部同じように見えてじつは全部ちがう。
 勿論これらの相違には製作者各人の経験と知恵が反映されている。私の橇づくりを指導してくれた〈細い釘派〉の村人は、どうやら横桁をしばりつける紐を通す穴の位置を若干上めにあけるこだわりがあるらしく、ある日、私の完成間近の橇を見た別の村人――この村人というのは〈エスキモーになった日本人〉こと大島育雄さんなのだが――から「だいぶできてきましたね。でも穴の位置をもう少し下にしたほうがよかったねぇ。あんまり上に穴をあけると横げたをしばる紐の強度が強すぎて、穴をあけたところからランナー材が割れちゃうことがあるんですよ。特に完成直後は気をつけたほうがいいよ。使っているうちに紐が緩んできて衝撃を吸収するようになるけど、使いはじめは紐ががっちり固まって横滑りしたときなんかばきっといっちゃうから。昔、穴を上にあけすぎて、使いはじめの初日に木が割れちゃったことがあって、あれにはまいったなぁ」と言われて、何ということだ! と私は頭を抱えた。
 橇が完成して、しばらくランナー材が大丈夫かそわそわしっぱなしだったが、もう完成から二週間たち、横桁をしばる紐もいい感じで緩んできて、もう壊れる心配はなくなった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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