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Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

森戸海岸危機一髪

更新日:2018/10/10

 せっかく鎌倉に引っ越してきたのだから海釣りでも始めようと、今年の夏、シットオントップカヤックというオープンデッキの座れるタイプのレジャーカヤックを購入した。ところがその直後から娘の幼稚園が夏休みに入り、海に行くときは一緒に連れていかねばならない。四歳の娘と一緒に釣りをするのは不可能なので、結局、しばらくの間、カヤックは家族で海遊びをするときのおもちゃとして使用されることとなった。
 メインの遊び場は自宅から徒歩十五分の坂の下の海岸なのだが、ちょっと遠出して葉山の森戸海岸まで足を延ばすこともある。森戸海岸は岩場がつづき、ヤドカリや小蟹がたくさんいて子供には格好の遊び場だ。それだけでなく一キロほど沖には名島という鳥居のある岩礁の島もある。島のまわりは鎌倉近郊とは思えないほど海がきれいで、熱帯魚みたいな青いひらひらした魚やフグやシロギスやタイが見られるので、カヤックでそこまで行ってシュノーケリングでもすれば、一日遊べる。
 八月下旬に姉と大学時代の友人の家族計六名が遊びに来るというので、せっかくだから森戸海岸に連れていくことにした。私の家族も含めて計九人である。カヤックは大人二人に子供一人が精一杯で、漕げるのは私だけなので、渡し守のように何度も往復することになった。片道一キロ少々だが、シットオントップカヤックは幅広で速さが出ないので、往復四十分ほどかかる。運悪くこの日は猛暑日で、往復すると熱中症になりそうなほどぐったりするため、少し休憩も必要だ。全員島に渡し終えるのに四往復、距離が短いのでそれほど時間はかかるまいと甘く考えていたが、全員運ぶのにゆうに三時間はかかった。全員運び終えた時点ですでに時間はさしせまり、その足で最初に運んだ人から順に岸に戻し始めた。
 ちょっとまずいかも、と思ったのは、帰りの三ピッチ目だ。潮が満ちて海面がみるみる上昇してきたのだ。さっきまで島全体が海上に露出していたが、いつの間にか面積は半分以下になり、あと二、三十センチで鳥居の基礎に達しそうになっている。その時点で残されていたのは大学時代の友人家族で、同じ年の友人と妻、三歳の男の子の三人。ちなみに奥さんは六カ月の妊婦さんなので、正確には四名というか、三・五名だ。迷うことなく友人をその場に残し、奥さんと子供と胎児の二・五人をカヤックに乗せ、岸に向かった。パドルを漕ぎながら、私は、そういえば昨日は満月だったなぁと前日の月を思い出していた。満月ということは今日は大潮、もしかしたら島は本当に海の下に沈んでしまうかもしれない……。
 四十分後に友人のもとにもどったとき、島は海面ぎりぎりで沈没寸前だった。岩礁の間には潮が小さな渦を作っている。私が近づくと友人は鳥居の基礎の上に避難させていたバックパックを背負い、すぐにカヤックに乗りこんだ。
 日曜日の海のレジャーを甘く見てはいけない。何事もなかったから笑い話で済んだが、こういうときに遭難って起きるんだろうなあと思いつつ、岸に向かってパドルを漕ぎ進めた。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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