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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

ウチワエビ
Ibacus ciliatus
軟甲綱十脚目セミエビ科。体長約15cm。体は紫赤色。背腹は著しく扁平で、頭胸甲と第2触角は特に幅広い。房総半島以南、フィリピンまで分布し、水深100m以浅の砂泥底に生息する。食用とされるが、肉量は少ない。(後略)(ブリタニカ国際大百科事典)

海の幸

更新日:2017/11/08

 普段は滅多に口にする機会のない旬のご当地産海の幸に舌鼓をうつ。それは、カヤック旅の醍醐味のひとつである。
 長崎県五島列島。知人のガイドに誘われ、潜伏キリシタンの歴史で知られるこの南国の海の、かるく一部をめぐる数日間のツアーに参加した。飛行機で島に上陸した日、南五島の福江島北部の田畑を越えたところにある小さな砂浜でキャンプをした。その際に食べたのが、このウチワエビである。
 ご覧のとおり姿形はカブトガニみたいで、奇怪だ。ごつごつとした細かく鋭い突起が甲殻の縁にずらりとならび、一見攻撃的に見えるが、この小さな身体にこのような武具を備えなければならなかったということは、恐らくより大きな肉食魚から身を守る必要がある境遇にあるのだと推測され、永世中立や戦争放棄をうたいながらもハリネズミのように武装で身を固めなければならない小国の悲哀のようなものを思わせ、同情を誘う。個人的には初めて見る生き物だった。
 ガイドが自慢のスキレットにウチワエビを押し込め、旨みが漏れないように蓋をして、十分ほど火を通した。真ん中にナイフを入れてざっくりと真っ二つにして、ぷりぷりとした白い身を頬張る。味はエビというより蟹に近く、口の中で身がはじけるようだった。
 ぱっと検索してみると、ウチワエビの漁獲期間は五島列島では十月から十一月にかけてらしい。ウチワエビ的には良い時期に旅をしたことになる。このウチワエビは近所の漁師がかごに入れているのを分けてもらったもの、といった旅情を誘うゲットの仕方をしたわけではなく、ツアーに参加したお客さんが気を利かせてスーパーで買ってきてくれたものだった。しかし、旬のご当地産海の幸はスーパーで買ったものでも新鮮で極めて味が良く、それが地のモノを食べるいいところだ。
 もらっておいてなんだが、一人あたり半身分しかなかったのが惜しまれる。ご馳走様ですと言いつつ、心の中では、もう少し食いたいという欲望がつのった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第44回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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