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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

土砂崩壊

更新日:2017/08/23

 七月下旬に上信越の三国境周辺の沢を遡ってきた。魚野川(うおのがわ)本流という志賀高原につきあげる長大な沢が目的だが、それ一本だと二、三日もあれば終了してしまって物足りなさそうなので、越後側から清津川本流と渋沢というわりと長めの沢の遡下降をつなげて、まあ普通に釣り遡行して五、六日、予備日を入れて一週間かなという計画に仕立てた。
 通常、沢登りをする人は、遡行図とよばれる滝や淵(ふち)などの位置を書き記した概念図を参考にして計画を立てる。だが、私の場合、事前に情報を集めすぎると現場での新鮮な驚きや発見が薄れるし、現場の状況で判断するという登山本来の楽しみも失いたくないので、基本的に地図だけ見て計画をたてる。地図で見るかぎり、清津川〜渋沢〜魚野川は無理なく、きわめて自然に三本の大きな沢をつなげられるので、ルート的に美しい。どんな沢なのか楽しみにして出発した。
 ところが最初の清津川はとんでもなくつまらない沢だった。滝もなければ淵もない。落ち込みもないし、釜もない。渓相のみならず魚影もまったく見当たらず釣りの楽しみもない。ただ、ひたすら土砂に埋まった河原が源頭(げんとう)近くまで延々とつづいていた。
 なんじゃこりゃ? とぶつぶつ言いながら延々と歩き続けたが、渓(たに)に変化なし。遡行価値ゼロと判断しかけたが、ここまでひたすら河原がつづく沢も経験がなく、途中からはいっそ清々しい気持ちになってきた。逆にここまでつまらないのもすごいことだ、一見の価値がある沢なのではないか、という気がしてくるほどだった。
 これが犯人かどうかは不明だが、上流部でひどい土砂崩壊が発生していた。右岸の斜面がまるごとごっそり消失しており、その土砂が沢を全面的に埋めつくして河原化させてしまったのかもしれない。そしてそのときに岩魚(いわな)も全滅したのか。崩壊跡地を見ながら、遡行中にこんなのに巻き込まれたらひとたまりもないなぁとゾッとした。
 そういえば学生時代に屋久島で沢登りをしていたときも凄まじい崩壊現場を目撃したことがある。大雨に降られて停滞していると夜中に爆裂的な轟音がなり響き、翌日遡行を再開してしばらく登ると、支流で土石流が発生して隣の小尾根をまるごと吹き飛ばしていたのだ。あのときは現場がテン場からそれほど離れてなかっただけに肝を冷やした。大雨時の沢登りはロシアンルーレットしながら山旅しているようなものである。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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