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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

とっとと自然に呑みこまれてもらいたいもの

更新日:2017/06/28

 五月は暑かった。暑い、ということは、そろそろ沢登りの季節がやってきたということである。
 六月になると梅雨に入り増水の危険が高まるので、暑くて雨の少ない五月末のうちに、できれば一発デカい継続遡行をやっておきたい。ということで一週間から十日の予定で南アルプス深南部にはいることにした。
 計画では寸又峡(すまたきょう)温泉から大間川を歩き、上西出沢から上西河内をくだり、逆河内(さかさこうち)という長い沢を登るつもりだった。ところがしくじった。入渓二日目、上西出沢で釣竿に仕掛けをセットしていたときに不注意で竿の先端を折ってしまったのだ。ガックリである。正直言って最近、私の沢登りの目的の七割は釣りが占めている。釣りのできない沢登りなど、ニンニクの入っていないペペロンチーノのようなもので味も素っ気もない。モチベーションが一気に低下し、登山道も近いことだし、一度出直すことにした。
 下山時に前黒法師岳(まえくろほうしだけ)に登る途中で見かけたのが、この林道跡地である。
 じつは近年、あまり登山者の入らない秘境系の山地に行くと、このような昔作られたけど結局全然使われなかった林道がひたすら崩壊している様をよく見かける。去年行った南会津黒谷川の林道もひどかったし、今回の前黒法師岳近くでいえば、数年前に行った寸又川本流の林道も激しい崩壊で使い物にならなくなっていた。寸又川の林道など、以前は国土地理院の地形図にしっかり林道として記載されていたのに、現在、同地理院のサイトで地形図を確認すると記載すらされなくなっている。国土地理院がもう林道として認められないと考えたか、あるいは林道として記載してそれをあてにして釣り人などが入りこんだら危険だと判断したのであろう。それぐらい崩壊してしまっているのだ。
 それにしても、こうした崩壊林道を見るたびに、一体、何のためにこんなものを作ったのだろうと不思議に思えてくる。
 林道を歩いていくと、途中で新設工事起点の記念の標柱プレートが偉そうに立っており、そこに昭和五十八年度に千頭営林署(現森林管理署)が工事を進めた黒法師林道だと明記されていた。
 この林道は比較的新しいのでまだそれほどひどい崩壊にさらされていないが、それでも道路面はゴルフでもできそうないい感じの芝生が生えていて、脇の擁壁はすっかり崩れてゴロゴロと岩が転がっている。完成以来、一度でもまともに使われたことがあったのだろうか、と首を傾げざるを得ない。
 昭和五十八年というともう自然保護などもうるさくなっていて、無駄な林道工事やダム建設などが批判の対象となっていた時代である。これは推測だが、千頭営林署はかなり以前に皆伐計画や林道建設計画を作成していて、もう安い輸入材に押されて日本の木材が売れなくなるのが分かっておきながら、この昔の計画が生きており、昭和五十八年度に予算がついたことで計画が動きだし、そして無駄な林道が作られた、といったところだろう。国土改造で建設業者ばかりが溢れる歪(いびつ)な産業構成になっていたこの国では、山のなかにこのような無駄な林道、無駄な砂防ダムなどを作り、建設業者にカネを落とし、その見返りに選挙で票を入れてもらう土建政治が幅広くおこなわれていた。こうした崩壊林道はかつての自民党土建政治の名残である。
 一方で、人間の土木建造物など自然の力に比べたら脆(もろ)いなとも思う。少し管理を怠っただけであっという間に崩れ落ちて、土砂に呑みこまれていく。近年目にするこうした崩壊林道は、人間の手を離れた道路など四十年、五十年程度で自然に還ってしまうことの証なのだ。
 もちろん、このように無駄な林道が崩壊することは、われわれ登山者から見たら喜ばしいことである。山の奥地を歩いていて突然こんな林道が現れたら興ざめだし、道路がなくなって原始の秘境にもどれば自然が深くなって山登りも面白くなる。
 日本中の無駄な林道がこのペースでどんどん自然に呑みこまれていくのを私は望んでいる。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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