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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

ショボショボのオーロラ

更新日:2017/07/12

 北極を旅していてよく訊かれることがある。オーロラは見ますかという質問だ。
 とくに今年の冬は極夜の時期の北極を八十日間も歩いたため、講演会などの場でこの質問を頻繁に受けた。極夜というのは太陽が一日中昇らない現象であり、要するに延々と続く長い夜なので、そんなに長期間、北極の暗闇を歩いていたということは、この人はさぞかし毎晩ゴージャスなオーロラを堪能していたにちがいないと皆様におかれましては思うらしい。
 答えのほうはどうかというと、残念ながら、見るけどショボいというものだ。
 というのもオーロラというのは、かなりざっくりと説明すると、太陽から吹きつける太陽風というプラズマが地球とぶつかり、それが複雑な過程をへて発生する発光現象である。私も発生原理の詳細はよくわからないし、そもそも現代の物理学の力をもってしても完全に解明されているわけではないらしいのだが、とにかく太陽風が吹きつける角度や位置等によりオーロラがいい感じで発生する地域というのはだいたいが決まっており、それが北極圏のなかでも比較的、緯度の低い北緯六十五度あたりから七十度くらいの間に収まるのである。私が今回旅していたのは北緯七十八度から七十九度近辺で、そこからはかなり外れている。緯度が高すぎるのだ。したがって、よく旅行会社のパンフレットで見るような巨大な緑のカーテンが天空で乱舞するあのオーロラ、ゴージャスでセレブリティーでハリウッド女優のようなきらびやかさをもつ赤絨毯な感じの、あのザ・オーロラは見ることができない。
 しかしゴージャスではないが、オーロラは頻繁に目にした。ではどんなオーロラを見ていたのかといえば、こんなオーロラである。
 え、いったいこれのどこがオーロラなんですか、というかそもそもどこにオーロラがあるんですか、あなた気でもおかしくなったんじゃないですか、と思われるかもしれない。しかし目を凝らしてよく見て欲しい。岩壁の真ん中の岩溝のうえにゆらゆらと伸びるエクトプラズムのような白い影。この、百歳ぐらいで大往生を遂げた爺さんの死後直後の遺体から漂う精根尽き果てた霊気のようなもの。「死んでもわしはお前たちを天の上から見ているぞよ」と厳(おごそ)かにのたまわっているかのごとき気色の悪いエネルギー体。これが私が目にしていたオーロラである。たぶんオーロラだと思う。私はオーロラだと信じている。もしかしたら雲かもしれないが、私はオーロラだと判断した。でも正直言って、絶対の自信はない。オーロラであってほしいと望んでいる。もし間違っていたらスミマセン。
 というわけでこれがオーロラの現実である。皆さん、いいオーロラが見たければ北極圏の南のほうに行きましょう。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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