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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

ネマガリ地獄

更新日:2023/11/08

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 鉄砲水に襲われた今夏の増毛(ましけ)山塊だったが、もうひとつ苦しめられたのが猛烈なネマガリダケの藪である。本州でも豪雪地帯の山ではネマガリダケに苦しめられることが多いが、増毛のそれは記憶にない密生度だった。とにかく全山、ハリネズミのようにびっしりと武装しており、沢から少し外れただけで前進速度が時速五百メートルぐらいになる。高さ三メートル、太さ三センチほどの笹が隙間なく密生しているのだから、ほとんど壁で、視界もゼロ。普通は場所によって密度がちょっとうすくなったりするものだが、そういうところもない。至るところが、すべて均一に壁状の藪で、発狂しそうになる。
 鉄砲水のため沢沿いの遡行が不可能となり、最後はやむなく猛烈な藪にとびこみ、一日半かけてようやく主峰、暑寒別岳(しょかんべつだけ)と南暑寒別岳の中間の登山道に飛び出したが、じつは恐ろしいのはこの後だった。なんと登山道上にもネマガリダケが覆いかぶさり、ほとんど廃道と化していたのだ。藪のひどいところは根本に這いつくばって地面にのこる踏み跡を探さないと、どこに道があるのかさっぱりわからない。しかもその日は、あいにくの濃霧でホワイトアウトしており、気づくと登山道を逆向きに進んでいた。藪にしゃがんで道を探し、ようやく見つけてまた行進再開、ということをつづけるうちに、いつの間にか来た道を戻っていたらしいのである。登山道でリングワンダリングするなど私自身初めてだし、聞いたこともない。
 増毛の山は実家のある芦別から車でわずか一時間半の、ほとんど地元の山だが、故郷の近くにこんなに自然が敵対的な地獄のような山があるとは知らなかった。増毛、恐るべしである。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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