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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

イラングアの犬橇

更新日:2022/09/14

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 初夏、いつものようにシオラパルクから日本にむかう日をむかえる。毎年のことなのだが、帰国のネックはシオラパルクから隣町カナックにむかう、行程わずか十五分にすぎないヘリコプターである。グリーンランドのヘリは有視界飛行が義務づけられており、曇って視界が悪いだけですぐにキャンセルとなる。定期便は週に二便あるが、延期や欠航は当たり前で、つぎのカナックを出る飛行機に乗れるのかいつもやきもきさせられる。
 今年も天気が悪く、金曜のフライトは欠航となった。土日は好天の予報だが、休日は何があっても休日なので晴れても飛ばない。週明けからまた雪の予報で、これでは水曜のカナック出航便にまにあわない。閉口していると友人であるイラングアが犬橇で送ってくれることになった(もちろん有料)。
 いつもの年だと六月は海氷がゆるみ犬橇の季節ではない。しかし今年は四月、五月の気温があがらず、まだ雪も氷ものこっており、犬橇可能なコンディションだった。
 村からカギャの岬を越え、つぎのインナンミウの岬は状態が悪いため、フィヨルドのやや内奥にある峠を越えた。途中で昼寝海豹(ウーット)を仕留めてから峠越えにかかる(写真)。登りは雪におおわれ快適だったが、下りは途中から河原の岩が一面に露出し、時間がかかった。
 自前の犬橇チームをもっていると他人の橇に乗ることはほとんどない。自分で操縦しなくていいだけに、完全にお客さん気分で、無責任にカナックまでの小旅行を楽しめた。それに地元民のこまかいテクニックや道具の工夫は非常に勉強になる。鞭の振り方や、春の湿った雪に有効な鞭の太さ、犬に引綱がからまったときの対処法といった細部をうまく処理するだけで、犬の全体の動きはかなりよくなりそうだ。
 訓練不足のイラングアの犬はかなり疲労していたが、客である私にとっては久しぶりの気楽な旅行で、有意義でとても楽しい十時間だった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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