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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

余計なお世話――隅田川花火大会見物記

更新日:2016/08/24

 隅田川の花火大会に行ってきたが、ちょっとウンザリだった。
 午後七時過ぎにはじまるというので、六時半ぐらいに浅草に到着した。すでに凄まじい人の波である。公式サイトの地図をみて浅草が打ち上げ場所から近いのかと思ったが、周囲にはビルが立ちならび、一体どこにいったら花火が見られるのかわからない。妻が警備員に訊ねたところ、隅田川の花火大会は歩きながら観賞するものなので、町をうろついて楽しんでくださいみたいな助言を受けた。だが、周囲はどこも交通規制で立入禁止になっている。いったいどこをうろつけというのか……。
「このへんから見えるんじゃないか」
 途中で歩くのが面倒になり、道端の縁石に腰をおろして屋台のイカメシや焼きそばを食べていたら、ドーンと音が鳴って大会がはじまった。しかし派手な音が響くばかりで一向に花火なんか見えやしない。娘に大きな花火を見せてやりたくてやって来たのに……。しょうがないので混雑の内部にわけいって、群衆がぞろぞろとむかうのと同じ方角に私たちもすすむことにした。
 まもなく道は人間でぎゅうぎゅう詰めになり身動きがとれなくなる。どうやらその先で警官が誘導しているようで、「はい、十四番の人たち、前に進んでくださーい」とラウドスピーカーからの大音声が聞こえてくる。途中で人の流れはダムのようにせき止められているらしく、警官の声が聞こえるたびに、どっと一度前進して、またしばらく立ち止まるということを繰りかえす。混雑につかれたのか、娘が「ダッコ、ダッコ」とせがんでくる。ダッコすると腰痛が悪化するので、私は肩車をして歩いた。
 警備にあたる警官は人々の管理に忙しい。監視車のうえから群衆を照らす白く巨大なサーチライトは花火よりもはるかに強烈な光源だ。ラウドスピーカーの声も威圧的で、かつ子供をあやしつけるかのような、ちょっと人を小ばかにしたような言葉遣いなので、正直いって不快である。
「十五番の人たち、右によりすぎです。もっとちゃんと、散らばってください。はい、十六番の人たちはちゃんとできますよね~。大丈夫ですよね~」
 監獄もカルト教団も花火大会の警備も、ようは人間を管理する手法は皆同じなのだろう。眩しい光や大きな音で感覚を麻痺させておいて抵抗の意志をくじくわけだ。それに警官の指示のなかには、余計なお世話としか言いようのない言葉も含まれていて、ムカッときた。
「お子様を肩車しているお父さん。万が一、転んだらお子様が怪我をして危険ですので、おんぶかダッコにしてください」
 ほかにも何人かいたようだが、私のことである。
 この警官、いったい何様のつもりだろう。花火が見えず他の客の邪魔になる、という理屈ならまだわかる。しかし、転んで怪我したら危険なんて、なんで警官にそんなことを心配されないといけないのだ。転んで危険かどうかはこっちで判断する。そもそもこっちは腰が痛いのだ。
 彼らは自分たちの権力についてまるで無自覚だ。警官として声をかけるのと、近所のおばさんが心配して注意するのとでは、意味合いがちがうことをわかっていないのではないか。ダッコをするか、肩車をするかは私の育児の所作にかんする問題であり、敷衍(ふえん)すれば私の生き方の問題につながる。まあ、肩車で生き方というのはちょっと大げさではあるが、しかしどうでもいい些末な問題であるだけに、それは個人の問題でもあるわけで、警官なんぞに口をはさまれたくないと思うのだ。このようなどうでもいい問題にまで介入されたら、すべての問題に介入されてしまうではないか。
 何度もサーチライトとスピーカーで注意を受けるたび、ほかのお父さんたちは意志をくじかれ、肩車からダッコに移行したようだ。いや、はじめから意志なんかなかったのかも。警官だけでなく、警官に言われただけで唯々諾々としたがうほかのお父さんたちの姿にも、私はニッポン人を見た。
 そのうち肩車をしているのは私だけになり、警官の注意も私一人に向けたものになった。
「そこの青いシャツをきているお父さん! 肩車をしていて転ぶと怪我して危険なので、ダッコかおんぶにしてください!」
 子供の安全という大義名分をかかげて人を管理しようとするその態度が、じつに姑息で、よりいっそう腹立たしい。従わないでいると何度も注意してきて鬱陶しいので、
「余計なお世話だよ!」
 とひと言、怒鳴りかえしたら、もう肩車云々はいわれなくなった。
 大人げないだろうか。いや、大人げないという理由で必要な摩擦を回避する態度こそ、いまのこの国をダメにしている元凶だと思う。
 花火を見られたのは橋をわたっている、たった十分間ほど。せっかく花火が見えそうなところにも人の流れを統制するための不必要な遮蔽物が置かれたりして、全然見えなかった。娘がちょっと喜んでいたのはよかったが、全体的に管理管理で不快なので、まあ、もう二度と行かないかな。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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