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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

極夜の海豹狩り

更新日:2022/02/09

 デンマーク入国後、一日滞在し、PCRの陰性証明をうけて無事グリーンランドに入域となった。
 去年は入域後に五日間の待機期間をもうけて、さらにもう一回陰性証明をうけないといけなかった。しかし今年は水際対策が多少ゆるみ、入域したらその後は基本的にフリーとなる。ただし個人的に、今年もシオラパルクに行く前に、イルリサットという町で五日間の待機期間をもうけた。シオラパルクは四十人しかいない小集落で、ウイルスをもちこんだらとんでもないことになるからである。村人も南部から来る人を警戒しており、安心感をあたえるという意味もある。当局がもとめているわけでもないので、完全な自主待機だ。
 イルリサット滞在中の日曜、このところ定宿にしている宿のオヤジが海豹(あざらし)のボート猟に連れて行ってくれた。
 イルリサットは北極圏の南のほうの町だが、十二月は極夜の最中で日中の数時間が薄明となるだけだ。そこをねらって午前十時半ごろ出港する。この日は南から暖気がはいりこみ気温は氷点前後とあたたかい。昔はこの町でも海が結氷し犬橇ができたが、いまは浮氷があるぐらいで、結氷など想像できない。
 イルリサット周辺の海には巨大氷山がうかび、ボートはその合間を遊弋(ゆうよく)して海豹をさがした。海豹が呼吸のために海面から顔を出したところを、ライフルでねらう。視界が悪いだけでなく、足元の不安定なボートのうえから頭を一発で撃ちぬかなくてはならず、神業的な射撃術が必要となる。
 ときどき同行した猟師が「あそこにいる!」と叫び、ライフルをかまえる。そこに、宿のオヤジがボートを急行させる。そのつぎの呼吸のタイミングが狙撃のチャンスだ。三人でしばらくあたりをキョロキョロするが、海豹は近くにあらわれない。この日はそんなことが二度、三度あったぐらいで、暗くなってしまった。
 薄明が闇にもどる頃、ほかのボートもぞくぞくと帰港する。出猟中は海上のあちこちで船を見かけたが、ライフルの音はほとんど聞こえなかった。帰港した船のどれを見ても獲物は見当たらない。宿のオヤジにきくと、シーズンは夏、一日五頭獲れることもあるという。極夜の海豹狩りは技以外に相当な運にめぐまれないとむずかしいのだろう。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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