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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

裏山作業

更新日:2021/09/08

 北極から自宅にもどって今年最初にとりくんだのは、自宅の裏庭……ではなく裏山の開拓作業だった。私の家は極楽寺という、「鎌倉のチベット」といわれる山間(やまあい)の地域にある。チベットといっても乾燥して赤茶けた中央チベットではなく、不快なジャングルが密生した南東チベットだ。わが家の裏山も藪が密生し、湿った土のにおいがプ~ンと漂ってくる。おまけに滑落しそうなほどの急斜面で使用価値はほぼゼロの土地なのである。
 しかし、せっかくの自分の土地ではある。もったいないので何とか利用できないかと以前から考えており、このたび、思い切って、斜面の一部を平らにして小さな畑を作ることにした。
 思い立ったら吉日、すぐにスコップと鍬をふるって数時間で畳二畳分ほどの斜面をならし、竹で柵を作り周囲をかこった。しかし問題はその先だ。なにしろ自宅と山のはざまの狭隘地(きょうあいち)で日当たりがとても悪い。すこしでも陽光をとりこもうと周りの樹木を伐採したが、それでも午前十一時から午後四時頃までの五時間ほどしか日射がない。野菜を育てるには朝の日当たりが重要だとも聞く。本当に畑にするには、斜面の上の樹木の枝も切らなければならないらしい。
 たかだか二畳の畑を作るのに、とんでもなく大がかりな作業が必要であることが判明し、正直、軽率な行動を後悔した。でもせっかく手をつけたので、そのまま工事を続行することにした。
 畑(候補地)のうえには三本の樹木の巨大な枝が覆いかぶさっており、伐採が容易でないことは一目瞭然である。ひとまず一番下部の比較的小さなヤツから手をつけたが、思ったよりも作業は手間がかかる。傾斜がきつく足場が悪いうえ、樹木の幹には手がかりがなく、登るのが想像以上にむずかしかったのである(そもそも私は子供の頃から木登りが大の苦手だったのだ)。フリーでは手が出なかった私は、仕方なく、登山用のアブミを駆使して、いわゆるエイドクライミング(人工登攀)の技術を駆使して上部に到達、鋸(のこぎり)で一本ずつ枝を切りはじめた。
 やらかしてしまったのは、最後にこの日一番の大物の枝を切ったときだ。枝には落下防止用のスリングを巻き、ロープで確保していたのだが、切断した瞬間、スリングを巻きつける位置が悪かったのか、衝撃ですっぽ抜けてしまい、枝は一回転して家に激突、ベランダのガラスががっしゃーんと割れてしまったのである。
 しかも折悪く、妻が仕事先からもどってきて私の作業を心配そうに注視していた。ガラスの割れる音と同時に「お願い、もうやめてー!」との妻の悲鳴が近所中にひびきわたった。
 その後、脚を捻挫し、それが治ったころには梅雨入りし、作業は中断したままだが、あと二本、もっと大きな木の枝を切らないといけない。たった二畳の畑のために、とんでもないことになってしまった!

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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