Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

幻の小島

更新日:2020/11/25

 鎌倉にある子供たちの格好の遊び場のひとつに、和賀江島(わかえじま)という島がある。
 島といってもこれは自然の島ではなくて、鎌倉時代に幕府が建造した港湾施設の残骸だそうで、千年近く前の崩れた石積みが海岸にのこり、一部がややこんもり盛りあがっている、というものだ。私も娘を連れて何度か遊びに行ったことがあるが、なかなかタイミングが合わない。というのも、この島はほとんどの時間が海中に没した〝幻の島〟で、大潮の干潮時しか全容をあらわさないからである。大潮で、晴れており、娘の学校が休みで、かつ昼間のちょうどいい時間に干潮となり、しかも私たちが都合よくこの島のことを思い出す、という条件がかさなることはほとんどなく、その意味でもこの島は幻の島なのである。
 十月の頭だったか、休日の予定がつぶれてやることがない日にたまたま和賀江島のことを思い出した。潮汐表を見ると大潮でちょうど昼頃が干潮のタイミングなので、家族三人で出かけた。島の手前の岸も石の残骸がころがる磯になっており、魚やヤドカリ、蟹がたくさんいるが、島に渡ったほうが生物相が豊かでサイズも大きいので、じゃぶじゃぶ水をかき分けて上陸する。タコがいることがあるらしく、それを狙っていたのだが、この日は残念ながら見つからず。腕のひらひらしたヒトデや海胆(ウニ)、十五センチ程の蟹を追いかけているうちに潮が満ちてきて、子供の手を引き慌てて岸にもどったのだった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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