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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

登山の指導

更新日:2020/11/11

 北極圏を一緒に航海したこともある若いカヤッカーが以前から沢登りに興味をもっていたので、九月中旬に南会津の沢を五日間ほど共にわたりあるいた。
 最近はもっぱら一人での釣り登りがメインとなっている私が、突然仲間を連れていくことにしたのは、当然下心があって、来年の第三次日高山脈地図無し登山にこいつも連れていこうと思ったのである。前回も書いたが、地図をもたない山登りは先が見えないだけに精神的にしんどい。この沢はどこに行くのか、この峻険なゴルジュはいつまでつづくのか、そもそもこの先に山はあるのか、それすらわからず、過去二回とはちがう別の水系を、つまりまったく未知の場所を地図無しで探検しようという次回の登山は、正直一人じゃきついなぁと思っていたのである。
 この若いカヤッカーこと山口君を来年の日高に誘うと、「ぜひとも行きたいです」とのこと。
 しかし、彼は海の経験は豊富だが山の経験はほぼ皆無。今回の登山の前に沢登りに最低限必要な技術を仕込んだ。八の字結び、もやい結び、インクノットなどのロープの結び方、あとはロープ技術である。本来なら登攀(とうはん)時のロープ操作も知っておかなければならないが、最近は私も滝やゴルジュを登攀することはなく、こうした悪場が出てきたら脇の斜面を高巻き、迂回するので、まあこれは後まわし。ただ懸垂下降という崖をおりる技術はおぼえてもらわなくてはならない。
 最初の沢の脇にのびる林道を歩いている途中、訓練に格好な数メートルの切り出しの壁があったので、そこで懸垂下降のやり方を教えて五回ほどくりかえさせた。何度も崖を往復する彼にむかって、私は林道で偉そうにふんぞり返りながら「もっと腰をおとして足をつっぱらなきゃだめだよ」などと口でいうだけ。考えてみると新人を指導するのは大学探検部以来、二十年ぶりのことである。あれ以来、自分は何か進歩したのだろうかと不思議な既視感をおぼえた。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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