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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

子供との登山 その2

更新日:2020/10/14

 今年の夏はコロナ禍ということで家族旅行は二泊三日の北アルプス登山に落ち着いた。といっても制御不能な他者としての子供(女、六歳)が一緒なので穂高とか剱のような本格的な山岳は無論、論外。本当は南アルプスの地蔵ヶ岳が家族で行くにはいい山かなと思っていたのだが、今年はコロナでテント場が閉鎖とのことで断念した。地図とにらめっこし、標高差やテント場の位置や登山道の距離や難易度などを考慮し、最終的に対面にながめる槍・穂高の眺望がすばらしいことで知られる大人気ルート、常念岳から蝶ヶ岳の縦走ということで計画がまとまった。
 一日目は一ノ沢登山口から常念小屋テント場までの五・七キロ、標高差千百メートル少々の初心者コースなので、子供も難なく登ってクリア。この日は子供よりもむしろ、久しぶりの山登りとなった妻のほうが高山病で吐き気を催したとのことで、テント場につくなり死んだマグロのように動かなくなり、「もう私は無理。明日下山するからあとは二人でよろしく」と完全にやる気を喪失して、その制御不能性をあらわにしたのだった。
 妻はその夜に復活し、結局、翌日は予定通り三人で常念岳を登りはじめたのだが、子供との登山の難しさを実感したのはその日の行程であった。
 常念岳から蝶ヶ岳も前日同様の難易度と判断し、まったく心配はしてなかったのだが、常念岳の頂上稜線は花崗岩の岩まじりの道がつづき、これが子供の足にはかなりの悪場となるらしい。大人だったらひょいひょい跨いで歩けるが、六歳児の短い脚ではそうもいかないようで、とにかくちょっとした岩が出てくるだけで手をかけ、後ろ向きになって、と慎重を要し、時間がかかる。登りはまだマシだが、下りになると全然下りてこないのだ。傾斜がそこそこ急なのでせかすわけにもいかず、子供のペースにあわせて待たざるをえない。そんなわけで二時間半もあれば終わるかなと見積もっていた常念越えに、その倍の五時間も要することとなった。
 二年前の北八ヶ岳天狗岳の登山でもまったく同じことを経験したことがある。天狗岳の登山道も岩場がつづき、子供は大苦戦した。大人であれば跨げる段差も、子供にとっては一度下りては岩に取りつき、ちょっとしたクライミングの末に越える、といったことを延々と繰りかえさなければ登れず、二日目などは延々と十二時間行動をしいられた。大人にとってはまったく悪場ではない岩場も、身体の小さな子供には厄介な断崖と化す。大人と子供の属する環世界はそれぞれちがう、ということか。この差異と視点の変容こそ、じつは子連れ登山の一番難しいところである。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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