失踪願望。失踪願望。

第35回

迷子、泡盛、オトシマエ 二〇二四年三月

更新日:2025/05/28

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3月1日(金)
 寅さん映画のTV放送があれば嬉しいが、やってないので本を読む。
 車寅次郎はフーテンなどと名乗っているが昔気質の人情家で、だから愛される。「お腹なんか空かない。美しい恋をしていれば、一ヵ月ぐらい飯なんか食わなくたって平気だ」とか平気で言ってしまう。ぼくには書けないセリフだ。それにしてもお腹が空いた。
3月2日(土)
 文学賞の表彰式でまた宮古島へ。
 今年も審査委員長を務めたので、最後にホテルで宴会だ。見知った顔ばかりの気楽な席で、途中からは民謡とカチャーシーがはじまった。ぼくはやや腰が痛かったので自席で立ち上がりその場で身体を動かした。若い頃に沖縄に来た時はよく踊ったなあ。
 途中、トイレで中座したのだが、用を足して戻ろうとすると、館内に客の姿はまったくない。そのフロアは全体に不思議な幾何学的な模様が描かれていて、どの部屋から来たのか分からなくなってしまった。まさかホテルで迷子になるとは(迷子事件の顛末は改めて書いてみたい)。
 楽しい宴だったのでもう少し飲みたくて、売店で泡盛を買ってきた。孫が最近、ぼくのスマートフォンにYouTubeを設定して再生方法を教えてくれたので、福井県は勝山の左義長まつりの動画を見る。こっちはこっちでよい踊りだ。宮古島で雪中祭囃子の様子を見るのは不思議な気分だったが、泡盛がうまかった。
3月7日(木)
 五月に新宿でやるイベントのために新宿に集まって生ビールを飲みながら打ち合わせをする。起業してひとり広告代理店マンとなった太陽が予算案をまとめてきた。国会みたいだ。
「会場となる『雑遊』の会場代はオーナーの太田トクヤにかなり勉強してもらうぶん、二次会の『池林房』にお金を落とすという基本方針とします」と太陽。
 ふんふん。
「だからなるべく来場者であるシーナ読者にもビール飲んでほしいです。我々も飲みます」と竹田。
 それは大丈夫だろう。いつもイベントでは会場の飲食店に感謝されているからな、とふたりに伝えると、竹田が「作家が酒狂いだと読者もそうなるんですなあ」と混ぜ返すのでケリを入れておいた。しかし竹田は「いてえ。ビールおかわり」とひるまない。
 予算と演目などを相談しているうちにみんな酔ってしまったのでこの日は終了。酔ったところを見計らってトクヤが「麻雀やろうよう」とひょっこりやってきたが、その手にはのらずに賢く帰った。
3月9日(土)
 この日記をまとめた単行本の二冊目のゲラを待っている。
 ぼくは「失踪してみたいなあ」と直接、誰かに言ったことはないが体内に燻る思いを編集者がうまくタイトル化してくれた。一冊目では、はからずも失踪への旅はコロナに邪魔され、憧れている失踪には至らなかったが、そのぶん「八十歳前のよろよろ老人もそれなりに頑張って生きているのだなあ」としみじみと感じてしまった。作家が自分の作品を読んで感動してしまうなんてもうおしまいだが、実際におしまいの時はそう遠くないだろう。
 八十歳前の毎日はどんなだっただろうか。早くゲラを読みたいなんて久しぶりのことだ。
3月12日(火)
 少し胃が重いので病院に行って消化器系の診療を受ける。特におかしなところはないので胃薬をもらって帰る。家でビールを飲むが胃薬ではツマミにはならない。スルメ味とか枝豆味の胃薬があればいいのになあ。
3月13日(水)
 雑魚釣り隊の連中とまたイベントの打ち合わせ。ぼくは何か面白いこと、熱中できそうなことを見つけると猪突猛進一点集中かつ周囲巻き込み的に動き出す癖があって、この日も全体進行の竹田、会計渉外担当の太陽、楽団オーガナイザーのザコ、特に役割がないけれど「椎名さんが誰か殴ったりしたら対応します。場合によっては相手方につきます」とベンゴシが、パラパラと集まってきた。
 日程が確定し、演目の輪郭が見えてきたので乾杯をしてしばらく飲んでいるとザコが「椎名さん、ちょっと息子のことで相談があるんです」と珍しく深刻に切り出してきた。彼には七歳になる男の子がいる。
「うちの息子、起こさなければずーっと寝てるんです。試しに幼稚園がない日曜に放置してたら午後二時まで寝てました。『岳物語』で椎名さんが息子をインドのラッパで起こす描写があったので、実際にラッパを鳴らしてみてもビクともしませんでした。どうしたらいいですかねえ」
 インドのラッパは正確にはリクシャ(人力車)についているホーンみたいなもので、音楽のラッパではないのだが構造上ラッパそっくりなのでそう呼んでいた。インドはとにかくやかましい。その中でもひときわ注意をひく音なのだから実績は十分だ。そんな話をザコにした。「そうかあ、やっぱりインドが重要なのか。インド行くかなあ」と言いながら彼は赤ワインを飲み干した。
3月15日(金)
 笹塚にてこの失踪チームで単行本がらみの打ち合わせ。いつもなら打ち合わせ終わりにビールを飲む。正確には打ち合わせよりビールの時間のほうが長いのだが、この日は少し寒気がしたのでぼくはとっとと帰宅した。「我々は街に繰り出します」と編集Tさんと事務所のWさん、竹田は宣言をして、有言実行で二五時まで飲みながら犬と作家の話をずっとしていた、と後で報告があった。
3月19日(火)
 ツマに朝メシを作ってもらい、午前中から夕方まで真面目に読んだり書いたりした。作家として当たり前の生活なのだが、近年はそういう日がなかなか確保できない。自分で感じているよりも心身が不調なんだろう。シメキリ嫌だなあとか、書けないなあとか、苦しい時間のほうが多かった我が作家人生だが、それなりにその暮らしに満足していたのだ。
3月24日(日)
 千葉市のホテルに行って宴会場で講演をした。テーマが「忘れられない旅」だったので、世界各国の話をした気がする。旅の話は事前に何も準備しなくても十分なんとかなる、ぼくにとって唯一のジャンルかもしれない。
 終わってから近くの居酒屋で一杯やろうかという気にならず、タクシーで行って帰ってきただけだ。相変わらず幕張のあたりは巨大なハリボテ的な雰囲気だった。
3月25日(月)
 東京農大名誉教授の小泉武夫さんから「泡盛を飲みましょう」と誘われた。
 泡盛マイスター協会なるものがあって、小泉さんが最高顧問を務めている。ぼくに名誉顧問をしてほしいという依頼だった。沖縄に初めて行ったサラリーマン時代から泡盛を飲み続けてきた身としては、もちろん引き受ける。
 泡盛というのはしっかり宴席を育み確立させる酒だ。少し込み入った話をしたい時はオリオンより泡盛がいい。用途や気分に合わせてちびちびやってもぐいぐい進んでもうまい。度数はやや高めだが、そのぶんコクがあるので沖縄の料理に合う。そんな話を小泉さんら関係者の男四人でずっとしていた。面白かった。
 秋に那覇で講演をする予定だが、この日の話をそっくりすればいいやあと言い合って別れた。家に帰るとBSで町中華の番組がやっていた。一万五千円の紹興酒を飲んでいた。それもいいなあ。明日は中華だ。
3月26日(火)
 この『失踪願望。』の続編である新刊が出る関係で集英社に行ってインタビューを受ける。
 目黒考二のことをあれやこれや聞かれる。彼がいなくなってしまってもう一年以上経つが、慣れない。酒の席などで彼の話題になる時は明るいエピソードが多かったが、目黒のいない日常や、原稿を書く時に受けている影響、親友の不在などを座って改まって聞かれ、それについて考えるとどうしても涙が出てくる。
 親友という響きからまず顔が浮かぶのはボクシングのライバルだった男だ。彼との日々を思い出すと血がたぎるような気がする。体育会系代表の親友だ。
 目黒は文化系代表の親友だ。一応、ぼくは職業作家なので恩人とも言える。彼が生きていたら照れ臭くてこんなことは書かないかもしれない。
 様々な角度から目黒について質問されると、彼にいろいろ言われてきたことが湧き起こってきた。それについて自分なりに始末をつけないといけない。Vシネマの世界でいう“オトシマエ”だ。特に自分の「ヰタ・セクスアリス」については、これまで書くのがどこかカッコ悪いと思っていたが、書けてないことのほうがカッコ悪いのだろう。
 取材を終えて中華料理屋で乾杯。外はみぞれまじりの雨だったのでフカヒレのスープなどという高級なものを飲んだ。紹興酒はお湯割りだ。集英社の編集者も何人か合流してくれて、「日本では私小説や純文学はエンターテイメントになりにくい」などと文学論を交わした。博識な編集者と話をしてると、あっちこっちに話題が飛ぶが、それがすべて面白い。
 帰りのタクシーで大谷翔平の通訳の話を竹田がかいつまんで教えてくれた。とんでもないやつじゃないか。
3月27日(水)
 フカヒレのスープを飲んだのが良かったのか、平穏に原稿を書く。
3月29日(金)
 竹田に用があったのだが電話がつながらない。どうやらカーリングの取材でスイスにいて円安を嘆いているらしい。毎日、スーパーで割引になったパンを買って、ハムとチーズを挟んで齧っているという情報が入ってきた。ビールは安いようだ。
 スイスについては山下洋輔さんが、演奏しにくい国のひとつのように書いていた気がするが、どんな理由だったのか忘れてしまった。『山下洋輔の文字化け日記』だったか『ピアノ弾きよじれ旅』だったかのはずなのだが、本がいま手元にない。

Ⓒ 撮影/内海裕之

著者プロフィール

椎名 誠(しいな まこと)

1944年東京生まれ、千葉育ち。東京写真大学中退。流通業界誌編集長時代のビジネス書を皮切りに、本格デビュー作となったエッセイ『さらば国分寺書店のオババ』(’79)、『岳物語』(’85)『犬の系譜』(’88/吉川英治文学新人賞)といった私小説、『アド・バード』(’90/日本SF大賞)を核としたSF作品、『わしらは怪しい探険隊』(’80)を起点とする釣りキャンプ焚き火エッセイまでジャンル無用の執筆生活を続けている。著書多数。小社近著に『続 失踪願望。 さらば友よ編』。

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