性自認をめぐってすれ違うZ世代とブーマー世代。
悩む私を救ってくれたのは本音で話せる「親の会」。
当事者の親にも「アライ」が必要なんです。
――LGBTQ+に関する書籍は、日本でもたくさん出ていますが、『ノンバイナリー協奏曲 「もう息子と呼ばないで」と告白された私の800日』は、ノンバイナリーの「当事者の母」という、これまでになかった視点で描かれているところがとても新鮮でした。また、アミアさんご自身が「当事者の母」としての戸惑いや悩みをとても率直に語っているところに共感を覚え、ぐいぐいと引き込まれました。まず本書を書こうと思った経緯を教えてください。
- アミア
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最初は自分のストレスのはけ口として、日記的な感じで書き始めたのがきっかけです。本にも書きましたが、ある日、何の前触れもなく当時大学生だったアレックスからバイセクシャルだと打ち明けられ、さらにその8年後に今度はノンバイナリーだとカミングアウトされたんですね。
――補足すると、バイセクシュアルは性的指向を表す言葉で、男性、女性、両方に性的指向が向く人のことです。一方、ノンバイナリーは自分の性自認(ジェンダーアイデンティティ)を表す言葉です。「男性」「女性」という二元論にとらわれず、男性でも女性でもない、もしくは男性でもあり女性でもある、と考えることが一番しっくりくる人たちのことですね。
- アミア
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そうです。当時、私と夫は何の知識も準備もなくて、ただただ混乱するばかりでした。私はつねづね多様性を認めることは大事だと思っていたし、LGBTQ+の人たちが暮らしやすい社会になってほしいと思っていました。でも、実際に当事者の親になると、それは簡単なことではありませんでした。もちろんアレックスを愛しているから、ノンバイナリーであれ、何であれ、受け入れたい。でも、理解しようと思えば思うほど、頭がこんがらがって。「このモヤモヤを吐き出さないといけない」と思って、パソコンで書きはじめたんですけれど、不思議なことに英語より日本語で書いたほうが率直な感情を出すことができたんですね。
――アミアさんは現在アメリカ在住ですが、高校卒業までは日本で育ったんですよね。
- アミア
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はい。最初は人に見せるつもりはなかったんですけれど、日本では親の立場で書いたLGBTQ+関連の本がないことを知って、私の体験が役に立つのではないかと思って一冊にまとめようと考えました。
――本書では、LGBTQ+の問題を考える中で、今のアメリカを映し出す二つの分断が浮き彫りになります。ひとつが世代間の対立です。アレックスやそのパートナーのセーラをはじめ、ミレニアル世代の人たち(2000年以降に成人・社会人になった人)、またその下のZ世代の人たちは環境や人権の問題にとても敏感で主張もはっきりしている。
その一方、上の世代に理解してもらうための努力や説明が足りないために、親世代は置いてきぼりになっている。「最近の若者は~」というような陳腐な世代間論争にするつもりはないのですが、もう少し上の世代への配慮があってもいいのでは、とも感じました。
- アミア
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配慮が足りない……残念ながら、まさに今のアメリカのミレニアル世代、Z世代の特徴ですね。年長者に対して敬意なんてなくて、むしろ軽蔑しているのだと思います。上の世代が環境、政治、格差、ジェンダー、人種差別などの問題を放置した結果、世界がめちゃくちゃになってしまった。その負の遺産を私たち若者が背負わなければならないんだから、上の世代の人はもう黙ってて! ということです。
その代表が「OK、ブーマー」ですね。これはニュージーランドの若い女性の国会議員が、年長の男性国会議員に対して、「あなたは黙っていなさい」という意味で、「OK、ブーマー」と言ったんです。ブーマーというのは第二次世界大戦後の20年間に生まれた世代のことを言います。年齢で言うと60歳~80歳くらいです。
この映像は、英語圏でいっせいに流れて話題になり、年長者を黙らせるときの言葉として、「OK、ブーマー」が若者の間で流行しました。
それに対して上の世代だって黙っていたくないし、「いや、そこまであなたたちに自由にさせない」と思うんだけど、なんせソーシャルメディアの使い方が下手だし、変化の速さについていけなくて、すっかり置いてきぼりになっているんですね。
LGBTQ+やノンバイナリーについても「わかってほしい」ではなくて、「わからないなら黙ってて」というスタンスです。私はノンバイナリーのことをもっと深く理解したくて、いろいろ質問したいのに、「もうその話はやめて」と。もちろん当事者が苦しい思いをしているのはわかっているけれど、親の気持ちも少しは考えてほしいと腹立たしかったり、悔しかったり。まあ、私たち世代が育てた子どもたちだからしょうがないんだけど。
――性自認の問題は、やはり家族を巻き込んでしまうので、「ママは黙ってて」と言われてもそうはいかないですよね。
- アミア
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子どものカミングアウトは、親にとって大きな影響があります。たとえば、「今日から自分のことを息子と呼ばないでほしい」と言われて、「オーケー」と軽く返事できる親はいません。ショックを受けるのは当たり前です。また、
「カミングアウトする前の写真は、本当の自分ではないから処分してほしい」と言われても私は納得できない。だってそれは子どもの歴史であると同時に親自身の歴史でもあるから、それを処分するなんてできないですよ。
精神的なものだけじゃなくて、金銭的に家族に負担がかかる場合もあります。アメリカでは子どもの性別適合手術には保険がきかないので、未成年で性別適合手術をする場合、1千万~2千万円といった高額な手術代を親が負担するんですね。
場合によっては州の法律にひっかかるから、家族で別の州に引っ越す人もいます。だから親は口を出すなと言っても、これは家族の問題なんだと当事者の人には理解してもらいたいです。
――不満や悩みを抱えていたアミアさんですが、「親の会」に出会ったことで救われたと書いていますね。
- アミア
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はい。自分の中でぐるぐると考えるうちに出口がなくなって、すごく孤独だったし、ストレスがたまっていました。でも、同じ悩みを持つ人とつながれたことで、心の内に溜まっていたものを吐き出すことができました。
あるお母さんは、娘がノンバイナリーと言いだして両胸をとったらしいのですが、手術に1200万円くらいかかったとか。でも、そのあと、やっぱり自分は女かも……と言いだして、お母さんは頭を抱えていました。そうやって本音で語り、悩みを打ち明けることができる場ができたことが、どれほど救いになったことか。ですからこの本でもっとも言いたかったことは、「親にもアライが必要だ」ということです。
――「アライ」は、通常、LGBTQ+などの性的マイノリティを理解し、支援する人のことを言いますが、親にも応援団が必要だと。
- アミア
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おっしゃる通りです。私を応援してくれる人、励ましてくれるアライの人たちがいたから、この問題と前向きに取り組めたし、本も書くことができました。もし当事者の親御さんで思い悩んでいる方がいたら、まずはネットなどで親の会を探し、勇気をもって参加してみてください。同じ気持ちを共有できる人たちとつながることで、きっと心が軽くなると思います。

「アメリカには男性と女性しかいない」と断言するトランプ大統領。
保守的な価値観を重んじる保守層と、
多様性を重視するリベラル層の亀裂はより深刻に。
――それにしてもアレックスの代名詞問題は、本書の中でもインパクトがありました。ノンバイナリーだから、「He」ではなく、「They」と呼んでほしいと言われてもなかなかうまく代名詞を使えないアミアさんの苦労に、ものすごく共感しました。
- アミア
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最近は、They/Themだけじゃなくて、She/They、He/Theyという代名詞も出てきたそうです。アレックスが教えてくれたのですが、それが何なのかは聞きませんでした。だって、いちいち聞いていたら切りがないですから。
代名詞は、とても大きな問題で、間違えるとお互い不愉快な思いをするので、最近では、仕事のメールに自分の代名詞を書く人も増えています。私だったら、「アミア・ミラー」の下に「She/Her」と書く。「性別なんて名前を見ればわかるだろう!」って怒る人もいますけど、今は名前で性別を判断してはいけない時代なんです。
でも、日本のノンバイナリーの人と話したときに代名詞の話をしたら、日本では代名詞はほとんど問題にならないと聞いて、びっくりしました。代名詞は英語圏の問題なんでしょうね。日本語は主語がなくても成り立つので、ある程度、ぼやかすことが可能なのかも。だから日本語のノンバイナリーの代名詞を作るとしたら、英語圏とは違う個別の調整が必要になると思います。それを誰が決めるのか、気になりますね。
――性的マイノリティの人権に徹底的に配慮したアメリカ社会は、進んでるなぁと思う一方、急激な社会の変化についていけず、反発する人も出てくるだろうなと感じました。「もう面倒くさいからトランプ信者になって、LGBTQ+やノンバイナリーは認めない、という価値観のほうが単純でいい!」と思う人が出てきても不思議ではないなと感じました。
- アミア
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実際、私の知り合いでそういう人がいます。娘がレズビアンで同性婚をしたら、「うちはキリスト教徒で、聖書にこう書いてあるから認められない」と言って娘を追い出した。すごく悲しかったです。
私もクリスチャンの家庭で育ちましたけれど、聖書の通りに生きなければ、キリスト教徒失格だというほど、神様はケチじゃないと思っています。
それに聖書には浮気しちゃけない、離婚しちゃいけない……って、ものすごくたくさんの罪が書いてありますが、その中で人は自分に都合のいい罪を選んで信じているんですよ。同性婚は罪だと騒ぐ人が、その一方で、日曜日に仕事してはいけないという罪は、ほったらかしにしている。だからキリスト教を理由に性的マイノリティの人たちを差別するのはおかしいと思います。
とにかくジェンダーや移民の問題になると、私も含めて、みんなすごく感情的になってしまう。だから話しても意味がない人たちには話をしない。避けるしかないというのが今のアメリカの状況です。
――伝統的な価値観を重んじる保守層(共和党支持者)と、グローバル化やダイバーシティ(多様性)を推し進めるリベラル層(民主党支持者)の分断ですね。さらにトランプ大統領が再選し、「連邦政府が認める性別は、男性と女性の二つのみ」という大統領令まで出されました。リベラル層はどう受け止めているのでしょうか。
- アミア
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現場の反発はすごいです。「男性と女性しかいない」という大統領令も州の裁判官たちが違憲だということで差し止めているんですね。クビを覚悟で頑張っている裁判官たちに、みんな勇気をもらっています。
また、大統領就任の公式行事で、トランプ大統領がワシントンにある大聖堂を訪れたときのニュースはご覧になりましたか。主教のバディさんがトランプ大統領に「性的マイノリティの人たちは命の危険におびえている」「移民の大多数は犯罪者ではない」「彼らに慈悲の心をもってください」と諭したんですね。トランプ大統領はSNSで「彼女は私たちの国で人々を殺した大量の不法移民について言及しなかった」「国民に謝罪しなければならない」と猛批判したんですが、これに対して、バディ主教を応援するために、あるベーカリーが主教の顔の絵が入ったクッキーを売り出したんです。それで大繁盛しました。
もちろん各地でデモも起きていますし、草の根運動もどんどん広がっています。
ただ、アメリカの政治に関してゴタゴタ言うと、捕まるという懸念がないわけではありません。私も海外から帰国する際、シアトルの入国管理で携帯とパソコンを取り上げられる可能性があるのです。事実、そういうことがもう起きています。ちなみに外国人がアメリカに来る時も反トランプ的なことを言っていないか調べるために携帯やパソコンなどを見せろと言われることがあるようです。日に日に政治環境が難しくなりつつある。気持ち悪いです。
――アミアさんは現在、ワシントン州のシアトル在住ですよね。リベラル色の強い都市だと思いますが、街の雰囲気はどうですか。
- アミア
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アメリカは、基本的に西と東の両海岸が民主党で、真ん中と南が共和党なんですね。シアトルはワシントン州の中でも、圧倒的に民主党が強い都市で、とくにアレックスたちが住んでいるキャピトル・ヒルという街は、LGBTQ+の人たちのコミュニティとなっていて横断歩道もレインボーカラーだったりするんですよ。
ただ、ちょっと田舎のほうに行くとトランプフラッグがあったりするので、LGBTQ+やノンバイナリーの人たちは行くところに気をつけないといけない。すれ違いざまに暴力をふるったり、差別的なスラングを吐き捨てるように言ってきたりする人もいます。
トランプ政権が、アレックスに直接関係があるルールを取り消したりしているので、私は、またアレックスの安否が気になるようになりました。実際、LGBTQ+ヘのヘイトクライムが増えてきています。去年の夏にはシアトルでトランスの女性(黒人)が殺され、今年の2月には、ウィスコンシン州でトランスの女性が殺されました。
アレックスには意図的にこの話をしていないしアレックスからもその話はないけれど、当事者にとって今のアメリカは危険としか判断できないのが本音です。母親だからこう思うのは当たり前、といくら自分に言い聞かせても全然懸念が消えないのです。
――その後、アレックスさんとの関係はうまくいってますか?
- アミア
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とても仲が良い関係です。この間も新しいピザ屋に連れていかれて、私と夫のデヴィッド、アレックスとセーラの4人、話が止まらなくて。笑顔と食事との組み合わせって完璧ですね。ハッピー家族です。全部理解することはできなくても、何か共通項があれば、そこでつながって、いくらでも素晴らしい関係は築くことができると思います。
本音を言えば、子どもの性自認についてもっと話を聞きたい。でも、アレックスは「もうその話はしたくない」と嫌がるので、私は我慢するしかない。私も若いときは生意気だったから、きっとアレックスも60歳くらいになったら、「あのときはごめんね」と言ってくれるのではないかと期待しています。カミングアウトしたことを謝ってもらいたいわけではないですよ。上の世代に対するリスペクトのない態度、言葉、行動に関して、「あれは確かにまずかった」というか、言ってもらいたいな~っていう感じです(笑)。
――今後、性自認の問題は、どうなっていくと思いますか?
- アミア
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若い世代は、「新しいルールを作ればいい」と言いますが、そう簡単な話じゃないから、しばらくは混乱が続くと思います。スポーツ選手のジェンダーひとつとっても意見が分かれるところです。新しい提案をするなら、変えたことで誰にどういう影響があるのか、もっと多角的に考えないとかならず傷つく人、嫌な思いをする人が出てきます。「ルールを変える」ということをもっと深刻に考える必要があると思います。
――まだまだLGBTQ+やノンバイナリーへの理解が浅い日本ですが、今後、この問題は日本社会でどう受け止められていくでしょうか。
- アミア
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日本は、LGBTQ+が宗教的に罪になるという考えはないので、寛容に受け入れられる可能性もあります。一方、同調圧力が強いし、世間体を気にする社会なので、「私の子どもはLGBTQ+です!」って手を挙げるのは、とても勇気がいることだと思う。
いずれにしてもこの10年間のアメリカの変化は、やがて日本にもやってくると思います。そのとき、どうするのか。家族にカミングアウトされたら、きっと最初は誰でもパニックになるでしょう。でも怖がって避けたり、見ないふりをするのではなくて、なんとか受け取めてほしいと思います。
何より大事なのは、支えあうことです。家族同士、アライ同士、当事者同士が話し合って、悩みをわかちあうことが何よりも力になります。「もしかしたら、私もアミアみたいな体験をするかも!?」という心構えのつもりで本書を読んでいただければうれしいです。