『シリアの家族』小松由佳
定価2,420円(税込)
取材を続けるための「収入計画」をどう立てる?
- 角幡:
- 小松さんがシリアに行くという選択肢はないんですか?
- 小松:
- そうできたら取材的にもすごくいいんですが……、一つには、文化的な難しさがあります。つまりイスラム文化が濃厚な土地で暮らすためには、宗教的に彼らに倣う必要があって、たとえば夫の故郷では、女性は仕事のためといっても、一人であちこち外出することが本来は良しとされない。日本で育ってきた私は、そういう社会で、自分らしく生きられないと感じます。もう一つが、子どもの問題です。今、9歳と7歳ですが、二人ともまだ小さいですし、シリアはまだまだ政情が不安定で、学校や病院の心配などもあります。
後者のほうが私にとっては大きくて、もし、子どもがいなければ、シリアに行ったと思います。でも、子どもの人生に対する責任を考えると、クレイジーではあり続けられない。だから奥さんもお子さんもいながら、一人で極地に行ける角幡さんに、すごく嫉妬しますね。
- 角幡:
- でも、僕の場合は、シオラパルク(グリーンランド)に住み続けたいくらいなんです、本当は。日本に帰ってくるのは家族がいるからで、向こうに住む人生も面白かっただろうなという気持ちはありますね。
- 小松:
- なるほど。私は長男が1歳になった時から子連れで取材に行っているんですが、子どもがいることで、写真家としては決定的な瞬間を何度も逃しました。もっとストイックに「一人で突き進みたい」という気持ちは常にあるんです。
一方で、子連れだから生まれた取材相手との関係性や、ドラマがあることも、確かです。それから、子どもの存在によって、危険な場所や状況に突っ込みすぎないようになりました。「あなた、子連れじゃなかったら、死んでたね」と、長年私の取材を見てくださっている先輩に言われたことがあります。子どもが抑止力になった、子どもに守られていたんだと言われて、確かにそうだったかもしれないと思ったりもしますね。
- 角幡:
- 『シリアの家族』にも、刑務所の中まで息子さんを連れて取材に行く場面が出てきますね。
- 小松:
- はい。アサド政権下で人間虐殺の場と言われた「サイドナヤ刑務所」へ、夫と子どもとともに生きました。行く前は、あそこまでひどい場所だと知らずに行ったんですが。
- 角幡:
- お子さんは、他の人にはできない経験をされていますよね。これからも家族とともにシリアを中心に取材をされるんですか?
- 小松:
- そうしていきたいんですが、冒頭で話したように、今後どう生きていくべきかを考えています。というのは、これまで取材に行っては貯金を使い果たしてすっからかんになり、また働いて貯めて取材に行って、ということを繰り返してきたんですが、そろそろこんな生活は続けていかれないなと。それでお伺いしたかったんですが、角幡さんは、継続的に現場に行き続けるための収入計画を、どうやって立てられているんですか?
- 角幡:
- 立ててないです。ひたすら書いている。
- 小松:
- ひたすら書いて収入を得る?
- 角幡:
- そう。書いている以上はカネは入る。計画性はないんですが、たぶん僕、企画力があるんですよ。「これ、本になるな」「これ書きたいな」というのをすぐ思いつくタイプで、思いついたらすぐ書いちゃう。次から次へと思いつくから結局ずっと書いていて、途切れることなく収入が入るというシステムです。
- 小松:
- それは素晴らしいですね。なるほど、わかりました。私もとにかく、書き続けます。
- 角幡:
- 小松さんの場合は、シリアを定点観測したら貴重な記録になるんじゃないかなあ。お子さんも大きくなっていくし、夫婦にも大家族にもいろいろ起きるだろうから、『シリアの家族』に続いて『シリアの恋人』『シリアのなんとか』……と、10巻くらいのシリーズにしたら面白そう。よし、その方向性でいきましょう。
- 小松:
- 角幡さんのお墨付きをいただいたので頑張ります。まずはシリアに帰った夫が、故郷パルミラの復興のためにホテルを建てると言っているので、取材に行こうと思っています。実は私の父にお金を借りて、「ホテルトモダチ」というホテルを建てているんですが、はたして無事開業して、お金を返せるのかどうか……。角幡さん、泊まりにきてください(笑)。
- 角幡:
- 行きたいですね。それから小松さんは、故郷の秋田も取材したいと書いていましたよね。ご実家は農家なんですか?
- 小松:
- 米農家です。
- 角幡:
- うらやましいです。やっぱり小松さんには、故郷が育んだ、土地とつながる感覚があるんだろうと思いますね。僕は北海道出身で、家が商売をやっていたので、土地との関係が希薄だという感覚がずっとありました。でも、人間は土地のなかで生きる存在だと思っているので、大地と深くつながりたくて、ここ数年は極地に行って犬橇をしたり狩猟をしたりしているんです。
- 小松:
- そういうところも、角幡さんと夫は似ていると思います。夫は日本にいるとき、沙漠の地平線が懐かしいと言っていました。日本にはどこに行っても建物が建っていて、誰のものでもない土地がないと。地平線が見えなくて精神的につらいと。いつか夫とも対談をしていただきたいです。
- 角幡:
- 若い頃は地元が嫌で東京に出たけど、この年になると気づかないうちに故郷の原風景を追い求めていることに気づきます。極地に通うのも北海道に移住したいのも、そのせいじゃないかと最近は考えるようになりました。旦那さんと話が合うかもしれませんね。
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- プロフィール
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小松由佳(こまつ・ゆか)
ドキュメンタリー写真家。1982年、秋田県生まれ。2006年、世界第2位の高峰K2(8611m/パキスタン)に日本人女性として初めて登頂し、植村直己冒険賞を受賞。風土に根ざした人間の営みに惹かれ、草原や沙漠を旅しながら写真家を志す。12年からシリア内戦・難民を取材。著書に『人間の土地へ』(20年/集英社インターナショナル)など。25年『シリアの家族』(集英社)で第23回開高健ノンフィクション賞を受賞。日本写真家協会会員。
- プロフィール
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角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年、北海道生まれ。探検家・作家。『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』で、第8回開高健ノンフィクション賞受賞。『雪男は向こうからやってきた』で第31回新田次郎文学賞、『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で第35回講談社ノンフィクション賞、『探検家の日々本本』で第69回毎日出版文化賞書評賞、『極夜行』で第1回ヤフーニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞、第45回大佛次郎賞を受賞。現在はグリーンランド最北の村シオラパルクで15頭の犬を飼い、毎年犬橇狩猟漂泊を継続中。


『43歳頂点論』角幡唯介
定価1,034円(税込)









