『シリアの家族』刊行記念 小松由佳×角幡雄介対談
内なる故郷・原風景を求めて
「今世紀最悪の人道危機」といわれたシリアの内戦やイスラム文化を“内側”から描いたドキュメンタリー写真家・小松由佳さんの『シリアの家族』が第23回開高健ノンフィクション賞を受賞し、版を重ねている。小松さんは沙漠で暮らすシリア人男性と結婚し、アサド政権下で難民となったシリアの人々の取材を続けてきた。本書には故郷を失った人々、家族と引き裂かれた人々の生の声が綴られる。
一方、小松さん夫婦には、文化や価値観の違いから、「第二夫人騒動」をはじめ様々な事件が勃発する。写真家になる前は、日本人女性として初めて「K2」(8611m/パキスタン)に登頂した経歴を持つ小松さん。その小松さんが「ヒマラヤ登山よりサバイバル」と語る波乱の日常も本書の大きな読みどころで、他者と生きることの難しさと尊さを教えてくれる。
刊行を記念して、開高健ノンフィクション賞受賞者の先輩でもある、探検家の角幡唯介さんとの対談をお届けする。新刊『43歳頂点論』(新潮新書)で、「43歳が人生の頂点」という持論を展開した角幡さん。奇しくも43歳で開高賞を受賞した小松さんの新刊について、そして互いの「家族」について、語り合っていただいた。

自分の体験レベルでは、語れないものが絶対にある
- 角幡:
- 小松さん、いま43歳なんですね。まさに絶頂期を迎えていらっしゃる。いいタイミングで開高賞を受賞されたなと思いました。
- 小松:
- ありがとうございます。でもこれが人生の頂点にならないよう、努力し続けなければと思っています。
- 角幡:
- いえ、僕の『43歳頂点論』は、大きなことができるのが43歳だというより、人生のフェーズが変わる時期がくるよね、という話なんです。僕は50になりましたが、これからもっと大きな仕事をしたいと思っている。ただ、体力的に今までと同じようにはできないなとか、これから20年どうしようかなとか、そういうことを考え始めるようになるのが43歳の頃だと思うんです。
- 小松:
- 確かに今まさに、これからどう生きていくべきか、すごく考えています。いかに継続して現場に立ち続けるかを模索している時期で、今日は角幡さんに伺いたいことがあります。
- 角幡:
- その前に小松さんの本についてですが、今年(2025年)読んだなかで、いちばんよかったです。自分の知らない世界を見せてもらうというノンフィクションの醍醐味を味わったのはもちろん、小松さんの文章がすごくよかった。小松さんって、面白い人だなあと。
- 小松:
- ありがとうございます。書き上げるまでに時間がかかり、5年くらいかかりました。
- 角幡:
- 印象に残ったのはやはり、夫のラドワンさんが第二夫人を娶ると言い出す、「第二夫人騒動」のところですね。自分が傷つく体験を、ユーモアを交えて書いていますよね。自分の身に起きたことを、体験のレベルではなく、俯瞰的なレベルで見ているからこうした文章になるわけですが、このスタンスが表現者として面白いし、書き手として重要だと思ったんです。
というのは、自分の体験レベルでは、語れないものが絶対にあるからです。たとえば死刑制度の問題です。遺族感情を考えたら、僕だって、娘や息子が殺されたら相手を殺したいと思うだろう。でもそのレベルだけで語ると、制度の是非について語ることができなくなるんです。やっぱり人は体験を離れて、理想を語らなきゃいけないときがある。その理想は綺麗事だったりするわけですが、時に綺麗事を語らないと、社会が良くならないと僕は思っている。そのためには自分を客体化する視点と文章が重要になるんですが、これは習って得られるようなものではなく、生来の性質だと思うんですよ。小松さんはそれを持っている方だと感じました。
- 小松:
- そうなんですか。みんなそうなのかなと思っていたんですけど。
- 角幡:
- そんなことはないでしょう。
- 小松:
- 表現者としては、取材対象をリスペクトしたいという気持ちが、まずあります。第二夫人騒動は私自身の体験ではありますが、背景には、夫の生きてきた社会の歴史や文化があるわけです。彼らの中に入っていくと、傷ついたり、衝撃を受けたりもするけれども、彼らをリスペクトしたい。そういう立ち位置が、角幡さんがおっしゃった私の視点や文章につながっていると思います。
- 角幡:
- それは小松さんが写真を撮られていることとも関係しているんでしょうか。カメラを持つことの暴力性みたいなことを意識されている?
- 小松:
- それもあると思います。写真は良くも悪くもリアルに記録できる媒体なので、取材させて頂く方との信頼関係をしっかり築いてから撮影するようにしていますし、撮る側としての責任を考え続けてきました。私が考えるよい写真とは、見る側が様々な受け取り方、様々な考え方ができる「余白」が残っている写真なんです。そういう写真を撮りたいし、そういう文章を書きたい。そのためには主観だけを書くのではなく、また、答えを安易に書くのではなく、読んでくださった人が考えたり感じたりするきっかけを示せるように、といつも考えています。
- 角幡:
- なるほど、よくわかります。同時に、小松さんの文章は正直なんですよね。
- 小松:
- はい、正直に書いています。えっ、みんな正直じゃないですか?
- 角幡:
- いや、僕も正直って言われるんですけど、ふつうは正直に書くのって恥ずかしいので、自分を繕ったりしたくなるんじゃないかと。僕の場合は、ちょっと露出狂みたいなところがあって(笑)、素の自分を出すのが快感で、つい書いちゃうんです。小松さんにもそういうところ、ありません?
- 小松:
- あるかもしれません(笑)。
- 角幡:
- かなり明け透けに書いてますよね。結婚生活を維持しているのは、写真のネタになるところがあるからだとか。人からどう思われるかを考えたら書けないようなことを書いている。でも、僕は、そこがいいなと思って。どこかで自分を突き放して見ている。自分のあざとさを外から見て笑っているような感覚があるんじゃないですか。先ほどの話じゃないですが、綺麗事は大事なんだけど、そればかりだと読み手は疲れてくるんですよね。シリア難民の実情を知るのは大事なんだけど、それだけだとついていけなくなってくる。小松さんのリアルな体験や赤裸々な感情が織り込まれていることで、ものすごく入り込めました。
- 小松:
- ありがとうございます。
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