インタビュー
今こそ、もっと「光」を―― 第2回

照明が街や場所のアイデンティティをつくる

石井リーサ明理さん

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――照明デザイナーというのは、どういうことが求められる仕事なのですか?

石井:
大変社会的な仕事だという認識が、まずあります。エネルギーについて考えるのは当然ですが、それと同時に、私は三つのポイントを大事にしています。照明によってその場所が安全になるというのが、第一です。二つめは、街が分かりやすくなる。照明がちゃんと計画されている街は、どこが幹線道路で、どこからが住宅地でというのがよくわかる。三つめは、その場所を美しくするということです。その街ならではの照明ができれば、その街でしか見られない夜景の顔ができます。つまり、アイデンティティができる。外から来る人にとっても価値がありますし、住んでいる人にとってはプライドにつながる。「この場所が好きだ」という郷土愛のようなものも生まれます。

――確かに印象的な夜景は、わざわざ見に出かけたくなりますから、そんな夜景を持つ街の価値も高まりますね。

石井:
建物のライトアップをデザインするときにも、「この場所ならでは」のアイデンティティをいつも考えます。以前手がけた新歌舞伎座のライトアップもそうでした。このときは、都市の中での歌舞伎座の位置づけということを大事にしました。世界には、「この都市にはこの建物ありき」という象徴的な建物があって、美しくライトアップされています。パリのオペラ座、シドニーのオペラハウスなどはとても有名ですよね。だけど、東京の街にはそういう存在がないことをずっと残念に思っていました。そこで、東京という都市のランドマークにふさわしいものにしようと考えたんです。歌舞伎座は日本の古典芸能の殿堂でもあるのですから。


2013年に開場した第五期歌舞伎座の昼景。背後に歌舞伎座タワーがそびえる。

――実際には、どんなライトアップを実現されたのですか?

石井:
歌舞伎座の建築物としての美しさに注目しました。白い壁と黒い屋根、屋根を支えている木組み。これらは日本建築ならではのポイントですから、それを引き立たせる照明を考えました。まず、白い壁を際立たせるための光。実験を重ねて試行錯誤しました。また、木組みは下から照らすことによって、普段は目立たないものを浮かび上がらせました。黒い大屋根は、夜になると闇に溶けてしまいます。けれども、屋根があることで建物のシルエットが完成するので、きちんと全容を見せたい。そこで後部にそびえる歌舞伎座タワーの最上階から狭い角度でビームを出すことができる特殊な器具を作っていただきました。屋根だけに光が当たるようにライトアップならぬライトダウンをしています。周りの車道や歩道に眩しい光が当たらないように、日本の技術力で非常に緻密に角度の調整を行いました。その甲斐あって、月明かりのような光のライトダウンを実現することができました。


歌舞伎座タワーの頂部から歌舞伎座の大屋根をライトダウン。特殊で高度な技術が使われている。

――確かにあの一角には、周りの喧騒を忘れるほどの静謐な感じが漂っていますよね。まるで江戸時代にタイムスリップしたような…。

石井:
まさに、江戸時代の「不定時法」という時間を用いて光のコントロールをしています。江戸時代に歌舞伎が発展したという歴史を踏まえたアイデアです。不定時法というのは、日の出のおよそ30分前を明け六つ、日の入りのおよそ30分後を暮れ六つとして、その間を昼夜それぞれ六等分して一刻(いっとき)と数えるものです。だから、毎日「一刻」の時間が季節の移り変りに沿って変わるんですね。それに合わせて365日のプログラムを組んでいますので、ライトアップの始まる時間や光が変わっていくタイミングも変化していきます。夜中もずっと、いつ前を通っても歌舞伎座の存在感みたいなものを感じられるようにしたいと思いました。とはいえ、ずっと煌々(こうこう)とつけておくのではなく、段階的に光を落としていって、どの光を朝まで残すかということも考えて設計しています。


歌舞伎座のライトアップ(全点灯状態)。日没から芝居が終わるまではこの状態で、華やかにお客様を迎える。


半点灯状態。芝居が終わってから深夜までは、一番車道に対して出っ張った二棟の壁面と中央の唐破風のみが点灯している。


深夜から明け方までは、上部2箇所の破風と、中央の唐破風のみが象徴的に点灯し続けて、都市の中での歌舞伎座の存在を主張し続ける。

夏のライトアップは、涼しげな白(写真左)。冬のライトアップは、暖かな白(写真右)。一年中、その時期に最もふさわしい白が自動的に点灯するようプログラミングされている。

――照明デザインの設計、すごく興味深いです。どんな風に仕事を進めていくのか、何か例を挙げてもっと詳しく教えてください。

石井:
じゃあ、美術館での展覧会の照明デザインの場合をお話ししましょう。残念ながら日本ではまだ普及していないのですが、展覧会における照明はすごく大事で、技術的にもいろんな要素が求められます。作品がきれいに見えるのは当然として、展示会全体のフィロソフィをわかりやすく伝えること、世界観にすぐに浸ってもらうこと、同時に、会場が危なくないようにという配慮も必要です。そして最も大切なのは、作品を傷つけないということ。これらをすべて実現するには、仕事人的な要素が多くなります。
フランスの場合、公共の美術館の仕事はコンペになるので、展示デザイナーとグラフィックデザイナー、そして照明デザイナーがチームになって、まずはそこに応募します。落ちることもあれば、受かることもある。受かって作品のリストが送られてくると、展示デザイナーが作品を飾る場所を決めます。私はそれに合わせて展示の世界観を光でどう表現するか、また、よりよく見せるためにはどんな光がふさわしいのかを考えながら図面を書きます。さらに段階が進むと、器具の設置位置や照明器具のスペックなどの検討に入ります。200点の作品があれば、照明も最低200灯が必要です。作品が最も美しく見える角度や光の当て方の検討を作品一つひとつに対して行い、隣り合った作品とのバランスの調整も行います。また、光に敏感な作品で何ルクスまでという上限が決まっている場合は正確な計測も必要です。

――ものすごく細やかな作業が多いんですね。

石井:
そうですね。一人で行うわけではなく、他のデザイナーやキュレーターなどと協議しながら進めていきます。パリのモード美術館で開催された18世紀から現代までの洋服の展示会を担当した時は、古い衣裳にはなるべく光を当てないという条件がある中で、何とか洋服を見せたいという葛藤の中、工夫を重ねました。襟の部分は生地が傷んでいるから見せたくない、だけどボタンは素敵だから目立たせて欲しいというような無理難題を言われることもありますが、信頼関係の中で、一つひとつ手探りで進んでいくという感じです。

――普段、私たちが楽しんでいる展覧会の裏にそんなご苦労があったとは!

石井:
作品がただ並んでいるというのではなく、「素敵だな」「いろんな発見があって嬉しかった」と感じていただけるように、様々な努力を重ねています。たとえば、展示室が変わるときに、最初に何が見えるかという視点なども考えて、調整しています。もちろん、最大のポイントは、その作品ならではの素晴らしさを際立たせることです。面白いことに、最初は真っ暗なところから光を少しずつ当てていくのですが、徐々に光を強くしていくと、わっと魅力が湧き上がってくるような瞬間が作品ごとにあります。「あ、ここだ!」と。私の光とアート作品がまるで対話をしているような、その瞬間が嬉しくて、とても楽しいんです。

――作品の照明にしても、町の夜景や建物のライトアップにしても、一つとして同じものはないということですね。

石井:
はい、同じものは一つもありません。だから、毎回新しいことをやっていこうと思っています。2004年に設立したI.C.O.N.(Ishii Conception Office Networkの略)でも「照明デザインと光アートとの新しいコンセプトの創造」を目指すことを掲げています。同じ場所でのイベントであっても、毎年テーマを変えます。東京都稲城市にあるよみうりランドで開催されている冬のジュエルミネーションは以前から母・石井幹子が全体のプロデュースを行い、私は噴水ショーを担当しています。全力を尽くして今年のデザインが完成し、ホッとしたのもつかの間、もう翌年のプランを考えないといけない。しかも、前年よりもよくしなければ…と、毎年苦心しています。一年って、本当に短いですよね。

――だからこそ、大人気のイベントなのでしょうね。期間中はイルミネーションを目指して行く人が多いそうですね。

石井:
だったらとても嬉しいです。「ここでしか見られない」「今しか見られない」という体験を楽しんでいただければと思います。


よみうりランド ジュエルミネーション2023 噴水ショー「LOVE EARTH」。石井リーサ明理のプロデュースによる地球への愛をテーマにした、光×音×映像×噴水のスペクタクル。地球上の生き物や美しい風景をテーマに展開された各シーン。

取材・文/白鳥美子
写真提供/I.C.O.N.
撮影(石井さん)/山下みどり

【第1回 光に込めたメッセージを届けたい】

【第3回 光をもっと“意識”すれば、日常生活がより豊かになる】はこちら

 

プロフィール

東京芸術大学美術学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。その間、アメリカ、フランスにてデザインを学ぶ。ハワード=ブランストン&パートナーズ社(NY)、石井幹子デザイン事務所(東京)勤務後、ライト・シーブル社(パリ)のチーフデザイナーに抜擢される。2004年に独立し、東京とパリにI.C.O.Nを設立。都市計画、建築、インテリア、美術展、イベント、舞台等、各国の照明プロジェクトに従事。

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