インタビュー
今こそ、もっと「光」を―― 第1回
石井リーサ明理さん
現在、横浜の山下公園で開催中のイルミネーションイベント「イルミーヌ・ヨコハマ2023~横浜の未来が輝く」(開催中~12月31日まで。17時~21時5分。12月31日は~翌1時まで予定)では、色とりどりのライトアップや夜空を彩る光のビームなどライトアート作品と音のコラボレーションを楽しむことができる。この「光」のデザインを、日本のライトアップ文化のパイオニアである母・石井幹子さんとともに手がけた石井リーサ明理さん。光に魅せられ、パリを拠点に照明デザイナーとして活動を続けるリーサさんが語る「光」の魅力とは――。
光に込めたメッセージを届けたい
――「イルミーヌ・ヨコハマ」が始まりましたね。光のデザイン・設計をご担当されたご本人としては、どのような気持ちでイベントの様子をご覧になっていますか。
- 石井:
- 「我が子を見守るがごとく」というところです。点灯式では、ちゃんと灯りがつくだろうかとドキドキしました。始まってからは、訪れてくださる方々の反応を感じたくて何度も公園内を歩きましたが、「わあ」「すごい」なんていう歓声が聞こえるとホッとします。光の中で踊って遊ぶ子どもたちを見かけたときは、とても嬉しかったですね。
――今回のようなイベントの光のデザインを考える時には、どのように組み立てていくのですか。
- 石井:
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横浜の名所である山下公園という場所での開催なので、「横浜の過去・現在・未来」というコンセプトをまずは考えました。歴史を紐解く中で、横浜は絹の貿易で栄えたということを知りました。絹の糸のきらめくイメージ…、これを中心に発想が広がっていきました。
たとえば、マリンタワーをライトアップによって金色に染めたのも絹糸の輝くイメージを重ねたからです。また、イルミーヌプラザで15分ごとに行われる12分間のショーでは、最初に一本の金色のレーザー光線が夜空に向かって放たれます。これも、絹糸をイメージしています。さらに、横浜は、日本の近代化を象徴する街ですよね。山下公園は、その中心。海に向かって開かれたこの場所で、様々な人が出会い、いろんな出来事があって、今がある。この場所を軸に、過去から現在へと時間がつながっている。そんなことも考えながら、デザインの設計を進めていきました。そして、その実現のために世界でも最新鋭の機材を駆使することで「未来」への希望を込めようと思いました。
作品名<ゴールデン・プリンス> 横浜マリンタワーはゴールドにライトアップ。明治以降、生糸貿易で繁栄した横浜の歴史を讃えるメッセージを込めた。手前は喜びが湧き出る泉をイメージした<ジョイ・ファウンテン>。
――歴史まで踏まえて、デザインをお考えになるんですね。
- 石井:
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コンセプトを考えるときは、歴史だけでなく地理的なことも意識します。山下公園にも何度も通って、周りの環境も含めてじっくり観察しました。周りがどのくらい明るいかというのはすごく大事なポイントなんです。いくら華やかなイルミネーションで彩っても、周りがネオン街だったりしたらまったく映えないですよね。反対に、ほのかな灯りでも、暗い場所でなら美しく映えます。そういうバランスは、実際に行ってみないと分からないものです。
さらに、「機能」、つまりどういう方がどう使われるのかということも意識します。いろんなコンテクストを調べながらヒントを探していくんです。
作品名<シルキービーム> カラーレーザーが様々な動きを展開する。光の色の組み合わせや動きが多彩で、時間・空間の要素もある奥深いエンターテインメントに。
作品名<ダイナミック・オーロラ> 世界最先端のマルチ投光器を使用。白い光線が上空を中心に外周へ散ったり中央に集まる。石井さんの事務所で制作したオリジナルの音楽と合わせて、美しい光のカーテンを描く。写真/石井幹子デザイン事務所&I.C.O.N.
――リーサさんが手がけられる光のデザインには、常にメッセージが込められているそうですね。今回はどのようなメッセージを?
- 石井:
- ただ「きれいだ」というだけでなく、何かメッセージを伝えたいといつも考えています。先ほどお話ししたように横浜の「過去・現在・未来」の姿を表現すると同時に、この地の持つ多様性、そして交流の大切さを伝えたいと思いました。たとえば、イルミーヌ・プロムナードの街路樹を10色のイルミネーションで彩ったのは、十人十色それぞれの美しさと、それが集まることの素晴らしさというメッセージを込めたかったからです。樹木の枝ぶりは一本一本違うので、ワイングラスの形になるように照明器具を設置するのにはずいぶん苦労もしましたが、とてもきれいに仕上がったと思います。
――作り手側として、来場者の方々にどんなふうに楽しんでもらいたいですか。
- 石井:
- 最近は、SNSなどにアップされる映像や写真などを「見る」ことで、「ここはチェックできた」と満足しがちな傾向があることを感じます。だけど、やはり、見るのと実際に足を運ぶのとでは体験の質が違います。今回はいろんな種類の光が公園中にあります。空に上がる光もあれば、地面で展開する光もある。それらの光に身体ごと包まれる体験をしていただけるといいなと願っています。ここ数年は、新型コロナウイルスの蔓延で、なかなか気軽に外に出かけられないという時期が続きました。また、暗いニュースも多いですよね。そんな中で迎えた年の瀬、光に包まれて幸せな気持ちになってもらえれば嬉しいです。
作品名<グラン・ヴェール> 山下公園通りの街路樹を彩るワイングラスのような形状のイルミネーション。10色を用いて、十人十色の多様性とそれが集まる素晴らしさを表現。
――光に包まれて、光からのメッセージを感じる。とても素敵な体験になりそうです。リーサさんはこれまでにもたくさんの光のデザイン作品を世界中で手がけられていますが、他にはどんなメッセージのものがあったのですか。
- 石井:
- 日本とドイツの修好150周年の記念事業としてベルリンのブランデンブルク門のライトアップを行ったときは、「平和」への願いを伝えたいと思いました。かつての東西ドイツの壁のイメージが強いブランデンブルク門から「世界が平和になりますように」というメッセージを発信することに価値があると考え、「平和」という言葉を世界中のいろんな言語で集めてそれらが世界一周する映像を作り、マッピングで投影しました。かなり強いメッセージとして受け止めていただけたという手ごたえがありました。また、ローマのコロッセオでは「愛(イタリア語ではアモーレ)」をテーマに据えました。恋人同士の愛だけでなく、家族や友人への愛、自然への愛、地球への愛も含めた広い意味での博愛がメッセージです。ローマという地にある草花などの自然をモチーフに、私が描いた水墨画を元絵にしたマッピングを重ねるなど日本らしい表現を使って様々な愛のメッセージを展開しました。
――光の持つ力、可能性ってすごいですね。
- 石井:
- フランス語では光は「ルミエール」と言いますが、これは「啓蒙」を表す言葉でもあります。日本でも「希望の光」という表現がよく使われますよね。形而上的な、というと大げさかもしれませんが、光にはすごくシンボリックな意味があると感じています。だからこそ、光を扱う側として常に大切に正しく使うことを心がけています。
作品名<クリスタル・ピラミッド> 花壇のエリアにはピラミッド型のオブジェが。今回、共同でプロジェクトを手がけた母・石井幹子さんの作品。
――正しく使う、というのはどういうことですか。
- 石井:
- 私たち日本人は2011年3月に東日本大震災を経験しました。その際には、福島の原子力発電所で深刻な事故が起こり、「照明を消して節電を」という動きが広がりました。街が暗くなったことで、日頃の照明のありがたさを感じたということもありますが、一方で、コンビニの照明が半分になったときには「これで十分じゃないか」と思ったりもして、事故をきっかけに環境に対する照明の考え方を改める機会になりました。私が理事を務めるフランスの照明デザイナー協会でも、いかに環境に悪影響を与えずに都市照明を実現するかというのは大事なテーマです。同時に、照明器具にはレアメタルなどの資源を使っていることもありリサイクル性についても検討を続けています。電気エネルギーと資源を大切にしながら、環境に負荷を与えない“賢い”光で人々を幸せにするのが正しい使命だと思っています。
――そんな思いがあることを知ると、ますます「イルミーヌ・ヨコハマ」への期待が高まります!
- 石井:
- ありがとうございます。光に身を委ねて楽しんでいただければ嬉しいです。いちばん西の端にあるイルミーヌ・ラウンジ「テアトル」には光るライトファニチャーがたくさん置いてあって、実際に座っていただくことができるので撮影スポットとしてもおススメです。週末にはDJが入り、キッチンカーも出ますので音楽を聴きながら飲んだり食べたり語り合ったり、のんびり楽しんでくださいね。
作品名<テアトル> 芝生広場西側に、光るカウチを点在させている。光を身近に感じ、かわるがわるに座って写真を撮るなど、自由に楽しめる。写真/石井幹子デザイン事務所&I.C.O.N.
- プロフィール
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東京芸術大学美術学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。その間、アメリカ、フランスにてデザインを学ぶ。ハワード=ブランストン&パートナーズ社(NY)、石井幹子デザイン事務所(東京)勤務後、ライト・シーブル社(パリ)のチーフデザイナーに抜擢される。2004年に独立し、東京とパリにI.C.O.Nを設立。都市計画、建築、インテリア、美術展、イベント、舞台等、各国の照明プロジェクトに従事。