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オピニオン

上田岳弘(小説家)
西村紗知(批評家)

いま〝見えない〟ものをあぶり出す~SNS時代の表現をめぐって

 現代的なモチーフを積極的に小説に取りこんできた芥川賞作家の上田岳弘さん。新作『K+ICO(ケープラスイコ)(文藝春秋)ではウーバーイーツの配達員とTikTokerの主人公たちが現代の複雑なシステムに翻弄される様を活写した。
 23年、資本と癒着せざるを得ない現代を生きる女性の表現者たちを批評した初の単著『女は見えない』(筑摩書房)を上梓した西村紗知さん。
 気鋭の小説家と批評家のふたりが〝いま〟を描く理由とは?
 YouTuber という生き方の新しさ、松本人志とテレビ文化、「推し活」が流行るなかで「批評」の役割とは……。多岐に渡る現代的なトピックについてお話しいただいた。


西村紗知氏(左)上田岳弘氏(右)

YouTuberという不思議な存在に惹かれる

上田 僕は西村さんのデビューのきっかけになった「2021すばるクリティーク賞」のゲスト選考委員をしていました。西村さんのデビュー作「椎名林檎における母性の問題」のことはよく覚えています。圧倒的な高評価で、一瞬で受賞が決まったんですよ。デビューから3年経って、このたび初の単著『女は見えない』を上梓されたことを嬉しく思っています。

西村 ありがとうございます。

上田 僕は創作するうえで、〝いま〟起こっている、でもはっきり見えていないものを小説にすることで自分なりにその感触を確かめたいと思っているんです。その流れで、新刊の『K+ICO』でウーバーイーツの配達員とTikTokerを主人公にしたものを書いたりしています。西村さんの評論も〝いま〟という時代のなかで、著書のタイトル「女は見えない」が表わしているように、見えないものを可視化しているように思いました。
 この本の批評の対象は女性で、アイドル、お笑い芸人から、皇族まで幅広く取り上げつつ、SNSなど現代的な話題に絡めながら分析されているのが刺激的でした。
 特に、印象的だったのがYouTubeに触れているところです。いまちょうどYouTuberが出てくる小説を書き終えたばかりというのもあるんですが……。

西村 そうなんですね。

上田 YouTubeが人気が出た背景には、スマホで見れるという手軽さに加え、ポリティカル・コレクトネスの高まりなどで、テレビなどの既存のメディアでは表現できないことが増えてきたからとか、理由はいろいろあるとは思うんですけど、単純にYouTuberという存在が興味深い。

西村 それは生き方というか、そういう在り方がということですか?

上田 そうですね。時代のあだ花という言葉がぴったりです。西村さんが引用しているベンヤミンの「売り子と商品を一身に兼ねる娼婦」という言葉はまさに、YouTuberのことですよね、とも思いました。

西村 たとえば、YouTubeで流行っている、ゲーム実況の動画なんかでは、ゲームをしている「実況者」は、消費の仕方を示しているという点ではゲームの「買手」であって、同時に、その実況をしている自分の姿を配信しているので「売手」にもなるわけです。(実際には、人気実況者であれば企業から商品のPRを依頼されることもあるでしょうから、一概には括れませんが)

上田 西村さんの本から引用すると「「娼婦」は「売り子と商品を一身に兼ねる」。自身が徹底的に消費者であり、つまり消費財をふんだんに纏(まと)うことで、「商品そのもの」へと接近してもいるだろう。YouTubeというプラットフォームで、「買い手と売り手」を一身に兼ねる配信者たちはこの点「娼婦」に似た性質がある」と。

西村 ベンヤミンの言葉を引いたのは、女の子のVTuberのライブ配信などを、投げ銭しながら楽しむことを揶揄する「インターネットキャバクラ」というネットスラングから思いついたところがありますね。「売り子と商品を一身に兼ねる」という表現は、ネット空間が存在する現代のほうが妙にリアルに響くところがあると思います。

上田 YouTuberはときに、自分の人生や家族すらも〝商品〟にするというか、しないと動画の再生数を稼げないみたいな世界ですよね。単純にすごい世界になったなと思います。西村さんはYouTubeは日常的に見ていますか?

西村 よく見るほうだと思います。一時期、ゲーム実況グループの「ナポリの男たち」の配信切り抜き動画をだらだら見ていました。私と同じ年齢で、YouTubeで実況をやっている人だと「もこう先生」という人がいます。動画の内容も含めて、この人の生き様が気になっちゃうんです。彼は元々、「ニコニコ動画」で活動していたわけですが、「ニコニコ動画」から、YouTubeにメインのプラットフォームを移した人は少なくないわけですね。だけれどもそういう人たちに限って、YouTubeのやり方に振りきれていない気がします。イマイチ「娼婦」になりきれないというか(笑)。彼らはアマチュア文化として楽しむ、というマインドを大切にしているように見える一方で、再生数を稼がなければならないというYouTubeのシビアなシステムに苦戦を強いられている。

上田 「ニコニコ動画」からYouTubeに移ったのはなぜなんですか?

西村 有料放送にでもしない限り収益化できないからではないでしょうか。単純にいくら再生数を稼いでも「ニコニコ動画」はお金にならないからですね。

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