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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

デートスポット

更新日:2019/09/25

 日光白根山(しらねさん)は特に思い入れのある山ではないのだが、気づくと思い出が多くなっていたという不思議な山だ。
 初めて登ったのは、たしか大学探検部にはいって一年目か二年目の雪上訓練だった。二十年以上前の話で記憶もあまり定かではないのだが、日光のスキー場から登りはじめて五色沼(ごしきぬま)の避難小屋で一泊し、たしかあのときは登頂したかどうか……。天気が悪く、吹雪いていた印象があるので翌日下山したのかもしれない。ひとまず登頂しなかったということにしておくが、いずれにせよ、私の冬山歴の相当初期に位置する登山だったことはまちがいない。これが最初の思い出。
 次も大学生のときで、このときは当時付き合っていた彼女と山スキーのために登った。このときも山頂付近はハイマツが密生しており、スキーで滑るのは難しそうだったので登頂はしなかったのだが、強烈だったのはその後で、五色沼近くの沢から滑りはじめたところ、途中で雪崩(なだれ)が起きて全身埋まってしまったのだ。私はこれまで三度雪崩に埋まっているが、これが最初の埋没体験である。これが二つ目の思い出。
 次は今から七、八年前、結婚する前に妻と週末ハイキングで登ったときだ。ちょうど雪解け期で登山道はどろどろのぬかるみとなっておりひたすら不快だった。山頂付近まで登ったが、予想以上に雪が残っている。アイゼンもなく、登山に不慣れな女連れということもあり、このときも登頂目前で下山した。
 そして、この夏、四回目となる白根山登山にむかった。今回のパートナーは五歳の娘で、ルートはそれまでの日光側からではなく、群馬県側の菅沼(すげぬま)キャンプ場が出発地点となる。菅沼ルートは標高差が約九百メートルもあり、途中にキャンプ場もないので日帰りしなければならない。五歳児にはちょっと厳しいだろうなと思ったが、駄目なら山頂下の弥陀ヶ池(みだがいけ)まで行き、そこから下りればいいやという気楽な気持ちで登りはじめた。ところが、あにはからんや、娘は途中で何度も休憩を要求したものの、特に嫌がりもせず登りつづけ、山頂直下の急坂や岩場も怖がらずに突破、四時間半で完登したのだった。去年の夏も北八ヶ岳の天狗岳(てんぐだけ)に登ったが、このときは途中のキャンプ場で一泊しての登頂だ。今年は大人の足でもそこそこ疲れるルートを下山もふくめて一日で歩き切ったのである。親バカ承知でいわせてもらえば、これは人類史にのこる驚異といえるだろう。
 これまで三度、登頂を果たせなかった山に、私はついに登ることができたのだった。そして、もう一つ気づいたことがある。よく考えたら私はこの山に女とばかり登っている。日光白根山。それは私にとっては近くて手軽なデートスポットとして機能している山なのである、ということに今気づいた。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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