Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

アトガ

更新日:2024/05/08

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

 イヌイットが作る革のブーツには種類がいくつかある。毛のない海豹(あざらし)の革で作ったブーツはカミック、おなじ海豹でも毛をのこしたものがニオゲヤ、犬など他の動物の毛皮ブーツはカミッパ、冬の寒い時期は白熊の毛皮ブーツもよく使われる。色々な種類の動物の毛皮が使用されるわけだが、靴底に使用される革だけは共通している。
 靴底はアトガといい、これに使用されるのは丈夫な顎鬚海豹(あごひげあざらし)の革だ。先日、犬の毛皮靴を作ろうと思い(正確にいえば、前に作ったものの完成度が低かったため、全面的に作り直すことにした)、知り合いのおばさんからアトガを購入した(ちなみにイヌイット社会では鞣しや縫製等の皮革の処理はすべて女性の仕事で、男性の役目は犬橇と狩猟である。男性に皮革処理について訊いても、あまりよくわかっていないことが多い)。
 購入したばかりのアトガは脱毛、洗浄、裏皮処理などを終えて乾燥させた状態なので、プラスチックのようにがちがちに固い。靴底にするには、まずこれを軟らかくしなければならない。
 軟らかくするにはどうするかといえば、これはシンプルかつ原始的な手法が採用される。つまり無理やり折り曲げてそれをハンマーで叩くことをひたすら繰り返すというやり方だ。ハンマーで叩くと折り目が白くなり、何度も叩くことでその白い部分の面積を広げてゆくのである。
 全体的に白くなったら、今度はこれを噛んでさらに軟らかくする。噛み跡が隙間なく全面に広がったら、つぎにこれをひもでぐるぐる巻きにしてぎゅうぎゅうに縛り、またハンマーで叩く。
 こう書くとたいしたことなさそうに思えるが、一足分を軟らかくするだけでまる一日かかかる。
 もちろんこれで終わりではない。軟らかくした革を作りたいブーツの大きさに合わせて切断し、ウロという刃物で周囲を薄く削ってゆく。そのままでは革が厚すぎてとても針が通らないからである。また先端と踵はカーブを出すためたわめながら縫わなければならず、薄くしないとこれができない。慣れない私は、このウロ作業でもさらに一日を費やした。
 こうして二日がかりでようやくアトガが完成し、これを犬の毛皮の本体に縫いつけるわけである。もちろん本体は本体で数日かかる。冬のこの時期は縫物におわれる毎日だ。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)

特設ページ

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.