Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

無限の海峡

更新日:2023/09/13

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

 五シーズン前に犬橇をはじめてからカナダ・エルズミア島への進出が大きなテーマになっている。
 だが、グリーンランドからエルズミア島のあいだには幅三十~百キロほどの細長い海峡が南北五百キロにわたりつづき、そのためにはここを越えないといけない。かつてシオラパルクの猟師たちは海峡の南端(スミス海峡)をわたりエルズミア島で狩りをしたが、近年は気候変動の影響で凍結しない年も増えた。
 この冬もダメかと諦めていたが、インターネットで衛星画像をチェックしていると三月下旬から急に南端のスミス海峡が結氷し、結氷域が徐々に北上していった。この調子だと海峡全体が凍るかもしれない。いや、きっと凍るにちがいない。私はスミス海峡から約三百七十キロほど北に位置するケネディ海峡でエルズミア島へ上陸する計画をたて、四月九日、犬橇でシオラパルクの村を出発した。
 村からケネディ海峡の渡島予定地点まで五百キロほどある。氷河をのぼり、氷床を越え、海から陸地にうつり二十日以上かかってようやく到着した。とくに今年は軟雪が深く、私も十二頭の犬もひどく苦労した。
 ところが、ケネディ海峡に到着すると何やら妖しげな濃霧につつまれている。その日は快晴で、ほかの場所は晴れ渡っているのに、海峡からは湯気がたちのぼり、その周辺だけ真っ白い霧に覆われているのだ。どうやら結氷域はここまで北上せず、氷が開き、海原が露出しているようである。結氷がはじまるのが遅すぎたらしい。春になり白夜が本格化してからでは完全に凍結しないのである。
 それにしても、エルズミア……。三年前と二年前はコロナでカナダ政府の許可が下りず、去年は許可は下りたが海峡が凍結せずダメだった。もう目と鼻の先なのに、はるか彼方にあると感じる。白く視界をとざした海峡はまるで三途の川だ。わずか三十キロなのに無限の距離をつくり出している。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)

特設ページ

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.