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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

新氷帯をさまよう

更新日:2023/07/26

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 イラングアとのカリブー狩りはまたしても不発。足跡ひとつ見つからず、彼は村に帰っていった。猟場となる谷の河口で彼とわかれ、私は、一週間ほど前に村にきた写真家の竹沢うるまさんとカナック方面にむかった。
 カナックでキピヒョという猟師と落ちあい、南のモーリサックという昔集落があった地域に行く予定だった。モーリサックは白熊が多く、カナックの猟師の猟場になっている。キピヒョも白熊の毛皮が欲しかったのだろう。しかし、折悪く南風が吹く予報となり、キピヒョは行かないと言い出した。〈ヒダ・ナーラガー〉(すべては天気次第)という言葉に象徴されるように、イヌイットの行動は自然が決める。少し天気が悪かっただけで、彼らは何の躊躇(ためら)いもなく、あっさり計画を撤回する。
 われわれは二人でモーリサック方面にむかう氷河の取りつきにむかった。しかし海氷の状態が悪く、先日流された海氷がまだしっかりと凍っていない。岬まわりにはアウッカンナ(潮流で氷が薄くなったところ)ができており、岬の沖には厚さ二十センチほどの新氷帯がひろがっている。
 天気と氷の状態を考えるとモーリサック行きは少々リスキーだ。ひとまずこの新氷帯で海豹の呼吸口を探し、その後、別の地域に移動することにした。
 丸一日、広大な新氷帯をうろうろさまよったが、見つかったのは海象(セイウチ)が牙でつき破った穴ばかり、それも数日前の古いものばかりだ。海豹(あざらし)の呼吸口は皆無だった。
 海象は海原との近くの氷の薄い場所を好む。海象は海底の貝を牙でほじくり返して餌にするが、地元の人の話だと海豹も食べることがあるらしい。海象がうようよしているので、小型の輪紋海豹はフィヨルドの内部に逃げてしまったのかもしれない。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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