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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

最初の獲物

更新日:2022/12/14

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 四十半ばをすぎて将来のことを考えるようになった。
 将来を憂うのは青年の特権ではない。私の場合は若い頃は全然将来のことなど頭になかったのに、それが中年になって真剣に考えるようになったのだ。
 何故か。残された時間が少ないと感じるようになったからだ。六十五歳まではバリバリ体が動くと仮定すると、あと二十年しか好きなこと(肉体をつかった野外活動)はできない。やりたいことを全部やるには時間がなく、優先順位をつけて活動を選択する必要にせまられたのである。
 昨年狩猟免許をとり、鉄砲を所持した。かねてから、今グリーンランドでつづけている犬橇狩猟活動を将来的には北海道でやりたいと考えていた。そのためにはもう準備しないとまにあわない。日本で鉄砲所持許可をとるのは中々ハードルが高く、面倒だったので先延ばしにしてきたが、年齢的にもうそれが許されなくなったわけだ。
 昨年は許可取得と銃所持で時間切れとなり、グリーンランドへ。日本での初出猟は今季からとなった。
 十月、本州より一足早く狩猟解禁となる北海道へむかう。
 これまで北極で散々獣を狩ってきたとはいえ、日本では初めてだ。氷の上で寝そべる海豹(あざらし)と森のなかの鹿では勝手がちがう。これまで登山や渓流釣りをしてきて、長い時間山ですごしたが、獣に遭うことはあまりない。十七日間にわたる今年の日高山脈地図なし登山でも、鹿を見たのは入山前の林道のみ。はっきり言って鹿を獲れるイメージがわかなかった。
 のべ二週間の入山期間のうち、どこかで一頭獲れれば御の字。獲れないことも十分に考えられる。このようにとても謙虚な気持ちでひとり、山に入った。
 ところがわからないものである。初日にいきなり獲れてしまったのだ。山中で獣道をたどり、二頭の雄に逃げられた後のことだ。重荷を背負って林道をとぼとぼ歩いていると、六十メートル先に小さな雌鹿があらわれた。腰をおろして膝射(しっしゃ)の態勢に。重荷を背負った不安定な体勢のまま、正面をむく鹿の心臓をねらって引き金をしぼった。銃声とともに鹿はものすごい勢いで駆けだした。こりゃ外したかな……と思ったが、鹿のいたところに行くと地面に血痕があり、二十メートルほど離れた藪のなかで息絶えていた。銃弾は狙いを少しはずれて首のあたりを貫いていた。
 偶然あらわれたラッキーな獲物、ビギナーズラックである。実際、二頭目は苦労してそれから一週間ぐらいかかったが、獲れるまで、この雌鹿の肉を食べてひたすら鹿の居場所を探し、追った。子鹿といってもよい若い鹿で、肉は信じられないほど軟らかく、特に心臓は脂がのっていて、これまで食べてきたどんな肉より芳醇だった。燻製にした残りが、今も自宅の冷凍庫にある。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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