推薦文recommendation
ハマ · オカモトさん(OKAMOTO'S)
何かの事情があって野外へ出られない人、
海外へ行けない人、
鳥獣虫魚の話の好きな人、
人間や議論に絶望した人、
雨の日の釣師・・・・・・
すべて
書斎にいるときの私に
似た人たちのために。
と大兄は言う。
まさに今ではないか。
文字と写真、60日間の旅へ。
広がるのはありありとした"生"
角幡唯介さん(作家 · 冒険家)
彼は釣りそのものを語りつつも、釣りという行為の向こうにある、
より一般的で普遍的なものを書いている。(略)
開高 健に描かれることで、アマゾン川はアマゾン川としてはじめてこの世界
に在らしめられたのではないか。
閉塞した日常に、生への手触りを
すずきたけしさん(ライター · 元書店員)
都会の人間は袋の中の石コロだ。
どれもこれも同じだ。
―サマセット・モームー 『オーパ!』より(集英社文庫P303)
日常が急速に狭く小さくなっている。
必要な情報は片手の機械から得られるようになり、友人とのコミュニケーションはネットを介して
テキストで交わす。
仕事は自宅でするようになり同僚と連絡や飲み会もオンラインになった。
自分の部屋から眺める景色も三日で飽き、昼食を食べ終わると夕食の献立を考えている。
技術によって生活はシンプルでコンパクトになりつつある。
そしてコロナ禍によってなんの疑いもなくあっさりと変化を受け入れている。
失ったものを考える暇もなく。
何かの事情があって
野外へ出られない人、
海外へいけない人、
鳥獣虫魚の話の好きな人、
人間や議論に絶望した人、
雨の日の釣師……
すべて
書斎にいるときの
私に似た人たちのために。
開高 健の『オーパ!』は40年も前の釣りの本であるにも関わらず今でも愛され続けている。
船旅で混ぜこぜの猫飯を食べ、ダニや蚊に刺されて全身を掻きむしり、
1mを超すミミズに降参し、若牛の丸焼きの串には“街灯”が使われるような世界。
淡々としていて鷹揚、寛容な現地の人々への関心。そして肌を削る風、蒸すような空気……
開高 健の異国での子供のような従順さと、
世界に向ける純度の高い眼差しによって我々をアマゾンの地へと立たせてくれる。
“かけよってくる二人と、竿を投げて手をとりあって踊った。はるかかなたで牛が鳴き、さらにそれよりかなたで猿の声が鳴動している。”
(引用P153)
海岸で翡翠や瑪瑙を探す子どものように開高 健の言葉を見つけては大切に拾い続ける。
そしてポケットに入れた言葉の数々を眺めるとそこに
失っていたものが見えてくる。それは“生への手触り”だ。
生物の鳴動、アマゾンの人々の眼差し、釣り糸の先から伝わる“生”の鼓動……。
開高 健の言葉の“手触り”は身体の喜びにほかならない。
『オーパ!』には本当の「生きる」意味が満たされている。
未知の出会いへの飽くなき希求
小野弘さん(つり人社 · 編集者)
釣り人が「開高 健」の名前を口にするとき、それは特別な響きを帯びる。
1978(昭和53)年秋、『オーパ!』刊行。
同年、新東京国際空港(現・成田空港)開港。
冒険家の植村直己は単身犬ぞりで北極点に到達し、
映画館では『スター・ウォーズ』が封切られ、
ゲームセンターにはインベーダーゲームが登場し、
YMOはデビューアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』をリリース。
そして山口百恵が「いい日旅立ち」を歌った。
約半年後、釣りと文学に少し早熟な中学生が『オーパ!』の頁をめくり始める。
2800円もする大判の書は11刷に達していた(ちなみに彼のひと月の小遣いは1500円だった)。
それは、今まで一度も体験したことのない読書をもたらした。
文章は未知の情景を心に浮かび上がらせ、ちりばめられた写真は文章と呼応し、
まるで優れた映画作品と映画音楽がいつまでも続いていくかのようだった。
「オーパ!」と叫ぶ代わりに彼はひたすら息をのみ、本の中を旅した。
釣り人にとって一番の関心事といえば「どこへ行けば釣れるか?」であり、
「どうすれば釣れるか?」だ。
けれども『オーパ!』には、そんなことはほとんど書かれていない
-というか70年代にブラジルはあまりにも遠すぎる異国だ-にもかかわらず
多くの人の気持ちをわしづかみにした。
それは釣りという行為の本質が「未知の出会いへの飽くなき希求」であり、
特に若い人は釣りをするしないを問わず、誰の心にも備わるものだからに違いない。
新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、
わたしたちは自由に旅することもままならなくなった。
社会は分断され、人々は疑心暗鬼に陥り、心は軋み硬く閉ざされてゆくばかりだ。
そんな今だからこそもう一度、あるいは初めての人も、
『オーパ!』で地球の鼓動を聴くような開高 健の文章に触れてみてほしい。
そのときあなたは己の魂がほぐれていく音をきっと耳にするだろう。
感動は掌中にある。あとはただ頁をめくればいい。
オーパ!