『発達障害大全 「脳の個性」について知りたいことすべて』
著者・黒坂真由子さんインタビュー
昨年(2023年)末の刊行以来、着実に部数を伸ばしている書籍『発達障害大全 「脳の個性」について知りたいことすべて』(日経BP)は、編集者・ライターの黒坂真由子さんが、「発達障害とは何なのか知りたい」という強い思いで13人の専門家と当事者たちにインタビューをし、そこから「悩みを抱える人たちに伝えたいこと」を徹底的にかみ砕き、まとめあげた注目の一冊です。
発達障害当事者の身内でもある黒坂さんが、この本をどのような思いで企画、取材し、執筆したかについて伺いました。
『発達障害大全 「脳の個性」について知りたいことすべて』
黒坂真由子(日経BP) 2860円(税込)
発達障害の子を持つ著者が、発達障害について、専門家や当事者たち13人にインタビューし、知りたいことをとことん質問。発達障害をありとあらゆる角度から考察した、ありそうでなかった発達障害ガイド。インタビュイーは精神科医の岩波明氏、発達障害であることを公表している沖田×華氏(漫画家)や似鳥昭雄氏(経営者)、当事者でありつつ当事者研究・情報発信をしている横道誠氏(文学者)など、その分野の第一人者たち。
■内側と外側、両方の視点を入れたかった
――13人の専門家および当事者の方にインタビューされ、ページ数でいうと約600ページ。大変なエネルギーを要して著された書籍だと思いました。
- 黒坂:
- 「発達障害」について理解してもらうのに、結局これだけ書かなければいけなかったということなのだと思います。簡単に理解できない概念でしょうし、たくさんの人にお話を聞いて、多くの言葉を尽くして説明する必要があったということですね。
――発達障害に関する書籍は、精神科医、心理士(心理師)などの専門家によるもの、当事者によるものなど、たくさん刊行されていますが、『発達障害大全』のように一冊の中で、「発達障害」を説明する立場の方として専門家と当事者のどちらも取材されている本というのは珍しいのではないでしょうか。
- 黒坂:
-
そうですね。医学的な話とか専門的なことを精神科医や心理士(心理師)などが外側から話す、もしくは発達障害の当事者が自分はこうだと体験やライフハック的なことを内側から話す、そのどちらかのスタイルの本がこれまで多かったと思います。
この本を作るにあたっては、もとになったweb連載(日経ビジネス電子版「もっと教えて!『発達障害のリアル』」)でのインタビューを始める前、誰に取材するかリストアップした時に、そういった外側の視点と内側の視点を両方入れるという方針を決めていました。あと専門家でありながら当事者、という、両方の側面を持っていらっしゃる方も入れたいと。
発達障害というのは、当事者の気持ちがないと診断って下りないんです。仮に私と誰かが同じ症状を持っていたとして、私はつらいけど、もう一人はつらくない場合は、私にだけ診断が下りる。外側にいる人が「あなたは発達障害だよね、だっていろいろ当てはまるし」と思っても、本人が困っていなければ診断されないので。当事者の話も聞いたのは、この障害を理解してもらうために必要なことだったと思っています。
――それぞれの方へのインタビューと、それによる黒坂さんの気づきをまとめた「インタビューして考えた」という項目、さらにコラムやお薦め書籍のページなど、盛りだくさんな構成ですが、読むのは最初からでなくてもいいんですよね。
- 黒坂:
- 厚過ぎますし(笑)。ちょっと気になる、自分や自分のご家族に当てはまるかもしれないっていうところから読んでいただくのがいいのではないかと思います。
■こういう本が欲しかった
――読者の反応はいかがでしたか。
- 黒坂:
-
想像以上の反響がありました。うれしかったのは、これから病院に行くのだけど、先生と話すための準備として読みましたという声をいただきまして、この本を作ってよかったなと思いました。
「発達障害」とは、個人個人によって困りごとも違う、その人のいる環境によって生きづらさは違ってくるという、概念としては結構ぼんやりして摑みづらいものなので、何も知らない状態で受診するのではなく、基本的な知識はあらかじめ入れたうえで説明を聞くと専門家の話もよりキャッチできるのではないかと思います。
あと、すでにお子さんを育て上げた方から「この本が、自分が育てている時にあったら良かった」と長いお手紙をいただいて、「そうだよね、私もそれが欲しかったからこの本を作ったんだよ」と胸を打たれました。子どもに何が起こっているんだろう、どういうふうに接したらこの子にとっていいんだろうって、悩みながら子育てをされてきた方がたくさんいらっしゃると思うので。
ほかには、お孫さんを理解したくて買ったというおばあちゃんもいらっしゃいました。親たちが子どもの祖父母に何を望むかと言えば、とにかく理解なんですよね。分かってくれて、お孫さんをもう全部受け入れる、みたいな役割を果たしてくれると、それは当事者のお子さんにとって、すごくプラスになると思います。
――当事者やそのご家族以外にも読まれているのですね。
- 黒坂:
-
Amazonの「学校教育」や「いじめ・不登校」のランキングでトップになって、学校の先生方からも、「読みました」と、よく声をかけられます。先生に届けば、影響が何倍にも大きくなる。そこから親御さんたちにも伝わるかもしれないし、理解者が増えれば学校に居やすくなる子どもたちが増えると思うのでよかったです。
以前は情報もほとんどなかったから、発達障害によるふるまいが、わざとやっているとか、真面目じゃないとか、何かその子の悪い性格として認識されてしまうことも少なくありませんでした。それって、発達障害の症状そのものよりも、子どもにとってはきついことなのではないかなと思います。
例えば、LD(学習障害。発達障害のひとつで、知的発達には遅れがないが、読字、書字、計算などに困難がある)のあるうちの息子の診断が出る前、漢字練習はお手本があっても同じように書けなくて、先生からは練習帳に「ていねいに書きましょう」「正しく書きましょう」と赤ペンで書かれていました。
2年生の途中ぐらいに診断が出て、特性を理解してもらってからは先生も子どものために作文の見本を書いてくださったり、本当に助けられました。もちろん、発達障害と分からなかったときの先生も良かれと思って指導してくださっていたんですけど。
――否定をされ続けると、やはりお子さんの自己肯定感も下がりますよね。
- 黒坂:
- 実際、小学校2年生ぐらいまではずいぶん自己肯定感が下がっていました。でも周囲の理解があるのとないのとでは本人の気持ちも全然違って、小3ぐらいからはタイピングの練習も始めました。担任の先生と校長先生、副校長先生と話し合って、当時はまだタブレットが1人1台じゃなかったのですが、合理的配慮ということで一人だけ使わせていただくことになって。特別支援教室の先生にも小学4年生以上の漢字は無理して書かなくていいと言われたのですが、ただデジタル端末に「大全」って入力するのにも、「大」が「だい」か「たい」か読めないといけないし、例えば「はし」にしても、お箸の「箸」なのか、渡る「橋」なのか分からないと入力できない。ですから、漢字の何となくの形と読みだけはちゃんと覚えようと本人とも話し合いました。
■障害になるかどうかは生きている時間と場所による
――医療職や心理職がご専門ではない著者として、「発達障害」という、医学的にも解明されていない部分が多いジャンルについての書籍を書かれることの難しさはありましたか。
- 黒坂:
-
私自身がとにかく知りたくて仕方がなかったんです。息子の頭の中で何が起こっているのか。生まれつきなのか、何かしたら治るのかとか。文字を書かないでどうやって生きていけばいいのか、受験もあるし、将来働けるの? と心配だったし。一生を、この発達障害という特性を持った中でどうやって生きていくのか、どうすれば生きやすいのか、そういう疑問を一つ一つ、聞きたいと思っていました。
インタビューは毎回、「ADHD」(注意欠如多動症。発達障害のひとつで不注意や多動、衝動性などの症状がある)や「ASD」(自閉スペクトラム症。発達障害のひとつでコミュニケーションの困難とこだわりの強さが見られるなどの症状がある)、「発達障害と学校」「発達障害と仕事」などのテーマがあったので、それぞれの分野の第一人者にお願いしたいと著作もたくさん読んで。それぞれのテーマで自分自身がこの人の話を聞きたいという方にお願いできたと思います。
――「障害になるかどうかは生きている時間と場所による」というのが、この企画を通して見えてきたことだと、本の中でおっしゃっているんですが、知りたいと思われた取材前から、取材を通して本を刊行されるに当たって、ご自身の見方が大きく変わった部分はありますか。
- 黒坂:
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「障害になるかどうかは生きている時代と場所による」というのは、最初の気づきでした。これは最初にインタビューした精神科医の岩波明先生がおっしゃっていたのですけど。
過去に発達障害だと診断されていても「今行ったら診断されないと思う」とおっしゃる方もいるんです。環境が変わることで生きやすさも変わるので。
何ができて何ができないという凸凹はみんなそれぞれにあって、たまたまそれが環境と合致する人はラッキーで、それが合わないとやっぱり生きていくのってつらい、ということになるのかと。
だから自分と社会、自分と環境との関わり合い、関係性あってのものだと考えると、発達障害の診断があったとしても「今、ここで、私は大変なんだ」ということだと受けとめられたら、ちょっと気持ちも楽になるかもしれないですね。
■「ちゃんと」って何?
――今の世の中だと、ちゃんとするとか最短距離で何かにたどり着くこと、効率が大事みたいに言われてる部分がありますね。
- 黒坂:
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私、編集者の方とよく「ちゃんと問題」って言うんですけど。「ちゃんとって何?」って思うんですよね。
親や先生に「ちゃんとして」って言われたとき、ちゃんとできる人は確かに生きやすいですよね。「そっか、ちゃんとするって、これをそろえて棚に入れておくことだな」って分かる人がうまくやっていける。一方で「ちゃんとやるって、今ここで何をすればいいの?」となってしまう人もやはり一定数いる。
これ、インタビューで借金玉さん(作家)がおっしゃっていたことなんですが、この子には「ちゃんと」って伝わらないんだっていう時に、周囲の人が、「この本をそろえて背をこっちに向けて本棚に入れてね」って一つ一つ丁寧に言うところから始めて、だんだんと抽象度を上げていって、最終的に「そっか、ちゃんとするっていうのはこういうもの、たとえば本を元の場所に元どおりに戻すことなんだ」って本人が理解できるようにもっていこうと。そういうのが理想的だと思うんですけど、「周りの人のほうが大変なんですよ」って言われてしまうこともあります。
――確かに大変ですけど、周囲ももう少し寛容になってもいいような……。
- 黒坂:
- でも、周りが大変というのも本当にそうだと思うんです。寛容になろうって言ってもなかなか難しいことですよね。でも、その人がどういう特性を抱えているか周りの人が知ることができたら、お互いやりやすくなることもあると思います。たとえば、「ちゃんと」が通じない人の周囲の人にこの本を読んでいただくことで、自分が落ち着いて一つ一つ説明すれば、相手も落ち着いてこちらの話を聞くし対処するのでぶつかることが減っていくと分かっていただいたり。これは精神科医の本田(秀夫)先生がおっしゃっていたことですが。
――これは、発達障害当事者のご家族など、周囲の方にぜひ伝えたいことですね。
- 黒坂:
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そうですね。知ることで良いほうに変わることが本当に多くあると思います。
あと、この本はこれだけの情報量があるので、ざっくりと読むだけでも、自分に関係のありそうないくつかのキーワードが頭に残ると思います。すぐには使わない情報でも、例えば、就職の時とかに、そうだ、何かサポートのセンターがあったよねって調べて、そこにつながるとか。入試についても、大学入学共通テストで1.3倍の時間をもらうためには高校で特別支援を受けておくべきとか、医師の診断書が要るだとか。頭のどこかにあれば、あらかじめ準備ができるので、そういうためにも使ってほしいです。
■発達障害にまつわる世間の誤解
――これまでメディアなどで見聞されてきた発達障害についての発信で、違和感などあるものはありますか?
- 黒坂:
- 天才説とか……。
――ギフテッド(定義は多様だが、一般に何らかの分野で著しく高い能力を持っていること)ですとか、話題になっていますね。
- 黒坂:
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発達障害天才説については、実際に、私が息子について「文字が書けなくて大変なんです」って人に話すと、相手から「でも何かすごくできるんでしょう?」と言われてしまったり。いや、全然普通なんですが……。もちろん、発達障害の方の中にものすごく突出した能力がある人もいるけれど、それって定型発達、いわゆる一般的な人の中で何かに優れた人がいるのと同じなので、発達障害だからってわけではないですし、その誤解はやはり解きたかったですね。
あと、本の中でも書いたんですけど(82ページ)、2022年の12月に「小中学生の8.8%に発達障害の可能性」っていう記事が出たんです。これのもとになったのは文科省の調査なんですけど、医師の診断に基づいたものではなく、学校の担任の先生などが「この子は発達障害かもしれない」と判断して出された数なんですね。最初にお話ししたように、本人が困ってなければ発達障害とは診断されないわけですから、実際の数とは大きく乖離(かいり)していることになります。発達障害って本当はどういうものなのか分からないままデータを取り、その数字がメディアではセンセーショナルに取り上げられてしまう。データを取るならば正しいやり方をしてもらわなければと思います。
――発達障害という言葉は広まっているのにいろいろと正確に伝わっていないところがあるのですね。
- 黒坂:
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そうですね。発達障害という言葉の認知度はすごく高まったと思っています。数年前、息子が小学校の頃は、毎年4月にレポートを書いて担任の先生に学習障害とは何か説明していたんです。こういう困りごとがありますからこういう対処お願いしますってお話ししていたのですが、今は発達障害っていう単語を知らない先生はいらっしゃらないので、それはいい面だなって思います。
一方で、認知が広がったことで、先ほどの調査もそうですが、発達障害ならコレコレ、というように周りが決めつけてしまうことも起きている。例えば、学校の先生に「薬を飲んでから教室に来てください」と言われたりすることもあるそうです。それは先生や学校が決めることではないのに、中途半端な知識で対応されてしまう。
ほかには、「発達障害を治します」とうたってwebでも宣伝しているような療法があって、私の周りでもそこにお金を払っちゃったという人から相談が来たりしています。その療法は子どもの発達障害に効くわけではないという学会の提言が出ているものなのですが、何とかしたいと思う親の気持ちが利用されるのも、発達障害が知られてきたからこそ増えているようで、心配なことですね。
――発達障害は一人一人違うのに、これまでメディアでは、突出した事例ばかりを中心に紹介されがちなのが気になっていました。言葉は知られても、周囲が当事者に対してステレオタイプに決めつけてしまうというのもそういうところからきているのかもしれません。『発達障害大全』は、発達障害を極端なタイプ別に括ったりしていないのがかえって分かりやすく実態に沿っているように思います。まさに「大全」だなと。
- 黒坂:
- web連載をしながら、発達障害について自分が知りたいことを、ここの範囲、ここの範囲と一つ一つ網羅していけば、なんとなくでも全体像が分かるのではないかと思って目指していました。そう受け取ってもらえたのはありがたいです。
- 著者プロフィール
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黒坂真由子(くろさか・まゆこ)
編集者・ライター。ビジネス、子育て、語学などの書籍を手がける傍ら、教育系の記事を執筆。絵本作家せなけいこ氏の編集担当も務める。13人の専門家と当事者にインタビューし、その考察をまとめた著書『発達障害大全 「脳の個性」について知りたいことすべて』(日経BP、2023年12月刊)は12刷4万5000部に。