〈刊行記念インタビュー〉
『思春期デコボコ相談室 母娘でラクになる30の処方箋』
大下隆司
大下隆司さん
どんな子どもにも発達には偏りがあり、そのデコボコこそが個性。母娘に関する30の悩み相談から子どもがもつ「自己治癒力」と「自己発達力」を引き出し、個性を伸ばすヒントが見えてくる1冊。
落ち着きがない、スマホやゲームがやめられない、家族と衝突する……など、思春期の子どもをもつ親の悩みは尽きない。はたから見れば笑い飛ばせる行動や、もっと深刻な引きこもり、思春期うつ、発達障害まで、「悩める親子」を診てきた精神科医のアドバイスを読めば、親も子どももきっとラクになる生き方が見つかる。
――精神科医として、大下先生が思春期の子どもたちを診るようになったきっかけを教えてください。また今回の著書で、女の子と母親の悩み相談に絞った理由はありますか?
この本は、2018年8月から集英社学芸編集部のWEB上で連載した「でこぼこ相談室、教えて大下先生、母娘が幸せに生きるための12か条」が出発点になっています。精神科における子どもの診断については、病名やその説明と診断法について書かれている本が中心で、治療に関係する本がとても少ないのです。「さまざまな悩みをもつ子どもとその親御さんに、もう少しわかりやすく説明できる本があったらいいな」という思いから、WEB連載を1冊にまとめることになりました。
精神科医としては、最初から思春期の子どもたちを専門に診ていたわけではありません。デリケートな年齢でもある子どもを対象とした精神科医療は、担当する医師が非常に少ないのが現状です。児童相談所から「診てくれる先生がいないから、お願いできませんか」と依頼され、手がけるようになりました。
「母娘でラクになる……」としたのは、子育ての中心にいるのは母親であることが多く、お母さんが困っている例がほとんどだから。私自身、娘が二人いてイメージしやすかったことがあるかもしれませんね。「お母さんと娘」の後に、「お母さんと息子」で悩みを分けて紹介する構想もあったのですが、男の子やお父さんが読んでもそれなりに広がりがある内容だと思い、いろんな例を取り上げて「30の処方箋」としてまとめました。
――「デコボコ相談室」というタイトルもユニークですが、先生が思春期の子どもたちを診断するときに心がけていることはありますか?
児童精神科では、発達障害を表すときに「デコボコ」という表現をよく使います。思春期の子どもは体や脳は大人と変わらないくらい大きくなっていますが、その中身は未成熟で不安定。発達に偏りがあり、進んでいる部分と遅れている部分がデコボコしていて、その偏りこそが個性なんです。発達障害と呼ばれるものは、偏りがほかの子どもより目立っているだけのこと。一般的にイメージされている病気ではありません。だから私は、その子が病気なのかどうかについてはあまり考えません。学術的な診断に当てはまるかどうかは大きな問題ではなくて、まず困っている親御さんと子どもの状況をどうやって改善していくか、ラクに生きやすくしていくかのほうが大切なんです。
病名を聞かれたら、「発達障害の傾向がありますね」くらいのことはお答えしますし、必要な場合は適切な薬を処方しますが、薬はあくまでも一時的なもの。子ども自身がよくなろうとしていく「自然治癒力」に注目し、もっと積極的にかかわる「自己治癒力」「自己発達力」を引き出す医療を目指しています。本書ではそのヒントを提供できたらいいと思っています。
――この5~10年で社会環境とともに、子どもたちを取り巻く環境も大きく変わってきています。親子の悩みの内容にも変化が見られますか?
スマホやネット依存、いじめではLINE外しなど、昔だったら考えられないような悩みが増えていて、特にスマホ依存から抜けられない子どもが目立ちます。大人の場合は脳が成長してからスマホに出合っているので自己制御ができますが、今の子どもたちは物心ついた時から触れていることが多く、取り上げたら暴れてしまう子も珍しくないんです。授業でタブレットを使っていたり、学校や部活の連絡もLINEでというのが普通の時代。依存に陥る器具を大人が与えていることになるんですね。子どもたちは大人より操作にたけていますし、ネットに繋がらないような設定をしても簡単に外してしまいます。これについては、社会全体で何らかの対策を考える必要があるのではないでしょうか。
またコロナの影響で、学校に行きたくなくなったという相談が増えました。特に新入学とコロナ禍が重なった小学生や中学生は、入学したとたん友だちとおしゃべりをしてはいけない、給食も黙って食べましょうという教育を受けているわけですから、今後どのような影響が出てくるのか心配です。一方で対人緊張が強い子は、オンライン授業になったため登校する必要がなくなり、ラクになったという子もいます。出席日数にこだわらなくなったので、「コロナがなかったら卒業できなかったかも……」という親御さんもあり、弊害がある半面、救われた子がいるのも事実です。
――紹介されている悩みの例を拝見すると、クスッと笑えるものが多くあります。なかでも、思春期娘と更年期母の「ホルモン星人」バトルの章を読むと、多くのお母さんたちが救われそうです。
子どもの理解不能な行動を受け取る側の親も、あまり真剣に考えずに笑い飛ばしてしまうくらいがいいんですよ。そうはいっても悩みのまっ最中では軽く受け流すことは難しいでしょう。そんな時は、自分の子どものころを思い出してみてください。きっと似たようなことがあったはずなんです。
特に女の子の思春期と母親の更年期という女性の体の二大ターニングポイントは重なることが多く、どちらも似たような不調でイラっとしてバトルに繋がりやすいのです。互いに「ホルモン星人」の同士として労わり合いながら母娘でこの時期を乗り切ってほしいものです。今は昔と違い、生理のこともオープンに話しやすい風潮になってきています。夫や息子とも共有すれば、余計なバトルが減ります。わが家の娘二人は既に成人し立派な大人になっていますが、バトルが繰り返されていた時期がありました。そんな時は毎月の娘と妻のいさかいを、少し離れたところからそっと見守るようにしていました。
――先生のところには、治療が必要なくなってからも訪れる元・患者さんが少なくないとのこと。ご自身も「デコボコの人生」を歩まれ、さまざまな経験を経て精神科医への道を選ばれたことが、信頼されている理由かもしれませんね。
子どものころを振り返ると、「ひょっとしたら自分は発達障害だったのではないのか」と思う人は意外に多いと思います。私自身も例にもれず、落ち着きのない、人の話を聞かない、独りよがりのデコボコだらけの人生だったと思います。そんな私でも、迷いながらもたくさんの人の助けを借りて、それなりの大人になれました。
これまで見てきた子どもたちは、ほかの子より傷つきやすかったり、デコボコ具合が大きかったりするのだけど、ほとんどが普通にちゃんとした大学生や社会人になっています。すでに特別な治療や薬が必要なわけではないのに、定期的に診療の予約を取って外来を訪ねてくる子どももいます。近況報告をして帰っていく程度なんですが、もろい部分を抱えながらもちゃんと育っていることが分かります。「あんなに大変だった子が、よく育ってくれた」と成長ぶりを見るのはうれしいですね。
――先生に会って話すことが安心材料になっているのかもしれません。悩みを抱える母娘のほかには、どのような方たちに読んでいただきたいですか?
親子の悩みを改善していくためには父親と母親、子どもの家族全員で取り組んでいく必要があり、そのためにもお父さんたちにも読んでいただきたい。
でも、最も読んでいただきたいのは医療関係者です。特に精神科医、臨床心理士など、精神医療にかかわる方たちでしょうか。病院に来れず、悩んでいる親子はたくさんいます。相談できる場所が少ないうえ、精神科というと特別な場所として身構えられることも一因でしょう。この本に書いたことくらいは考えられるお医者さんが身近にいて気軽に相談できる環境が整えば、子どもも大人ももっとラクになると思います。それは精神科医もわかっているのだけど、冒頭でもお話ししたようになかなか手を出しにくい分野であることは否めません。現在の医療では、小児科が診療するのは小学生までで、中学生になったらメンタルの部分は精神科という流れです。にもかかわらず、精神科の医師は中学生を診るのをあまり得意としない。一番大切な部分のケアが足りていない気がしています。一人の子の成長を診ていくことは大変でもありますがおもしろいんですよ。本書を通じて、そういうお医者さんが少しでも増える手助けができればと思っています。
大下隆司(おおしも・たかし)
1955年、鳥取県境港市生まれ。精神科医、「代々木の森診療所」院長。
立命館大学卒業後、数学教師、海外ボランティアなどを経て29歳で医学生に。1991年、神戸大学医学部卒業後は、同付属病院、東京都立墨東病院、明石土山病院、東京女子医科大学勤務を経て、2012年より現職。東京女子医科大学病院では「児童精神科外来」を立ち上げ、診療のかたわら東京都、兵庫県にて児童相談所や発達障害の小学生、思春期から大学生までの相談等、子どもに関わる仕事に注力する。NPO法人メンタルケア協議会副理事長。専門は、臨床精神薬理、心理教育、児童青年精神医学。精神保健指定医、精神科専門医、産業医、臨床心理士、公認心理師等の認定資格をもつ。
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