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「あの戦争」と「いま」をつなぐ~『1945 最後の秘密』刊行記念対談

三浦英之

戦後80年のいま、「あの戦争」をどのように語り継いでいくか――。満州国最後の極秘作戦や原爆疎開など、数少なくなった当事者を探し出し、いまだ世に知られていない事実に光を当てた『1945 最後の秘密』。筆者である三浦英之さんが、「あの戦争」と「いま」をつなぐ人たちと対談で向き合う。

終戦直前、17万人の新潟市「原爆疎開」を決断した義父・畠田昌福知事の記憶
畠田恭子インタビュー


三浦 哲男さんは当時の私にとって一番面会を希望していた人物でした。畠田知事の長男や次男が出征などで家にいなかったのに対し、三男の哲男さんは新潟市内の知事公舎で戦争末期、畠田知事やお母様と一緒に生活なさっていたからです。当時、畠田知事やお母様がどのような生活をしていたのか、原爆疎開の一部始終を目撃しており、これまで明らかにされていない貴重な歴史的証言になると思ったのです。
 哲男さんは原爆疎開が発令された後、郊外には避難せずに、人がいなくなった新潟市内の白山神社で、原爆が落とされるという空をずっと見ていたっておっしゃっていましたよね。それから哲男さんのお母様は、いつ原爆が落とされても恥ずかしくないように、戦時中にはほとんど着ていなかった着物を着て、身の回りを一生懸命片付けていたという話をしてくれました。そして、当の原爆疎開を発令した畠田知事の様子についても……。

畠田 そうでしたね。その後も随分といろいろと調べていただき、このような立派な本にまとめていただき、本当にありがとうございました。義父は口が堅くて、戦争中のことはまったく話さなかったので、この本を読んで「ああ、こんなこともあったんだ」ってびっくりしながら読みました。


三浦 哲男さんのお話しの中で、私が特に驚いたことが二つありました。一つは畠田知事が戦後、GHQに連行されて取り調べを受けていたという事実です。もしGHQが取り調べをしているなら、畠田知事がどうして原爆が次は新潟に落ちると思ったのかを尋問されているのではないか。そう思って10年以上調べ続けたのですが、残念ながらその記録はまだ見つかっていません。
 そしてもう一つが、「あの公園」のことでした。

畠田 横浜市の「港の見える丘公園」ですね。義父も晩年、「あの公園は僕がつくったんだよ」って嬉しそうに言っていました。夫の哲男からも、「親父はあれだけはつくりたかったって言っていた」と聞かされました。


三浦 畠田知事は警察官僚出身で、当時は特高警察があったり、特殊機密を扱っていたりして、畠田知事自身、わりと厳しい仕事も担われていたんじゃないかと思うんですよね。でもその人が、最後に知事として決断したのが「原爆疎開」だった。当時、所属する内務省は「市民がパニックになるからやめろ」と疎開命令に反対しているんです。でもそれを押し切るかたちで、彼は17万人の市民を郊外に逃がす決断をした。もし戦争が続いていたら、きっと知事を更迭されていたか、逮捕されていたと思います。戦後、新潟市も原爆の投下予定に含まれていたことが明らかになったように、もしあのまま戦争が続いていたら、新潟にも原爆が落ちた可能性があったわけです。そういう点では本当の意味で、多くの人を救おうとした「リーダー」だったのだと思います。原爆疎開については、現地新潟でもいまはほとんど語り継がれていませんが、畠田昌福さんの決断は、戦後80年のいまだからこそ、語り継がれるべき「物語」だと思います。そして戦後、美しい公園をつくった。

畠田 苦労を重ねた義父が、最後に夢を叶えたのがあの「港の見える丘公園」だったというのは、確かにいい話ですよね。

三浦 そうして誰にも知られずにいる「あの戦争」についての物語が、この国にはまだたくさん眠っているのだと思うのです。なので今回、随分遅くなってしまいましたが、畠田知事のことをこうして本として残すことができて、私は本当に良かったと思っています。哲男さんや恭子さんには、心から感謝をしています。


三浦英之さんの『1945 最後の秘密』(集英社クリエイティブ)

三浦英之(新聞記者、ルポライター)

三浦英之 (みうら ひでゆき)

三浦英之

新聞記者、ルポライター
1974年、神奈川県生まれ。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第22回新潮ドキュメント賞を受賞。

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