〈 刊行記念インタビュー 〉

「神話」の歩き方 古事記・日本書紀の物語を体感できる風景・神社案内

平藤 喜久子

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平藤 喜久子さん

目の前の景色に奥行きが生まれる
“「神話」を感じる旅”の魅力とは?

神話の世界を分かりやすく解説する本をたくさん手がけてきた國學院大學教授・神話学者の平藤喜久子さんですが、今回の『「神話」の歩き方 古事記・日本書紀の物語を体験できる風景・神社案内』で特筆すべきなのは、すべての写真を自身が撮影したということ。カメラをもって出かける「神話を感じる旅」、その先にはどんな世界が広がっているのでしょうか。

自分で写真を撮ってみて気づいた大切なこと

——今回の本は、神話学者である平藤さんにとってはどんな位置づけなのでしょうか?

平藤
これまでに出したどの本にも、その時々での強い想い入れがあります。今回は、文章だけでなく、写真もすべて自分で撮ったものを使うという初の試みをしたことで、自分自身にとっても新しい世界を開いてくれた特別な一冊になりました。

——新しい世界というのは?

平藤
写真の勉強はもちろん、カメラの扱いの勉強も自分なりに、ずいぶんしました。もともとは授業に使う写真をもっと上手に撮りたくて、2年前くらいから研究者仲間を集めて写真の勉強会を始めたんです。その中で写真家の港千尋さんから「自分の写真をよく見るといい」と教わって、研究室の壁に貼って“一人展覧会”をやるようになりました。その壁の写真を、打ち合わせに来た編集者が目に留めたことがきっかけで、今回の企画イメージが一気にふくらんでいきました。

——自分の写真を使うことの意義は?

平藤
今回気づいたんですけど、人が撮った写真は、その人が見たもの。自分が撮った写真は、自分が見たものなんです。それを、そのまま読者に伝えられる。いつもは文章で伝えていますが、写真も同じなんだなと実感できたのは面白い体験でした。

カメラを持つことで生まれた旅の“深み”

——印象に残る美しい写真がたくさん掲載されていて驚きました。

平藤
帯にも載せている「さくらおろち湖」の写真は自分でもお気に入りの一枚です。奥出雲、ヤマタノオロチ神話の舞台ですね。川沿いを歩きながら、「この川はものすごく氾濫が多かった」とか「ヤマタノオロチは氾濫する川を象徴するという説もある」とか、いろんなことを考えるわけです。そして、ダム湖であるさくらおろち湖にたどりついたら虹がかかっていて空には彩雲が。実は日本書紀の中に「ヤマタノオロチの上には群雲(むらくも)があった」という記述があるんです。「蛇」と「虹」も神話学的にはイメージが似ているなんてことにも思い至って、単純に「きれい」というだけでなく、これまでに勉強したことがすごく刺激されて、いつにない感動を覚えました。


さくらおろち湖

——それは、カメラをもって旅に出たからこそ得られたものなんでしょうか。

平藤
そう思います。カメラを持って歩くと「視点」が変わるんです。写真を撮るようになって「光」をすごく意識するようになりました。どこから差し込むのか、日没はいつなのか、朝日はどの方向から入ってくるのか…。たとえば、対馬には天道法師をめぐる独自の物語があって、お母さんが日の光を浴びて産んだ子だとされているんです。「八丁郭(はっちょうかく)」という石積みの塔はその天道法師のお墓だとされている場所なので、そこに光が差し込む写真を撮りたい、そのためにはどうすればいいんだろうって一生懸命考えたり工夫したりしました。カメラを持つことで神話の理解も深まり、旅の深みも生まれたように感じています。


八丁郭

スタンプラリーじゃない旅を、「神話」とともに

——「神話」にゆかりの土地を訪ねるのがライフワークとお聞きしましたが、その魅力はどこに?

平藤
旅って、行くたびに感じることが違うんですよね。季節や天気、時間帯なんかでも変わるし、誰と行くかによってもずいぶん違ってきます。一人で行って自分なりに感じるものがあって「すごくよかったな」と思う。でも次の機会には誰かと一緒に行って、その人が自分とはまったく違うところに目をつけて感動している。「え?そこなの?」とびっくりしつつも、それをきっかけに別の視点が生まれて見方が深くなったりすることもあります。

——同じ場所が、何度でも楽しめる?

平藤
一回行ったから「ここは終了!」みたいなスタンプラリーではない旅をしたいなあと思います。そうそう、自分自身の年齢やそのときの体調や心理状況によっても、旅先で見える世界や感じ方は変わりますよね。たとえば縁結びで有名な八重垣神社の鏡の池。若い頃は自分のために願う立場でしたけど、今はそういう姿を見かけると「縁結び、かなうといいね。がんばって!」って思います。(笑)


八重垣神社 鏡の池

——ここだけの話(笑)、そういう「ご利益」って、ほんとうにあるものですか?

平藤
私は、ご利益というのは自分で考えるものだと思うんです。神話を少しでも知っていると、ゆかりの神社や伝承地を訪れたときに「ここの神様はああいうことをしたんだから、こういうこともお願いできるかな」なんて考えるようになるのが楽しいですよ。「こういうことも聞いてよね」なんて、自分だけこっそりお願いしちゃうとか。

「神話」が生き方を豊かにしてくれる

——「神話」を知ることで、人生にどんな影響が?

平藤
役に立つか立たないかと言われれば、役には立ちません。だけど、生き方を豊かにしてくれるものであることは確かです。

——生き方を豊かにするというのは、具体的には?

平藤
毎日、いろんなことが起こります。いろんな人に出会うし、いろんなものを見る。そんなときに、神話の中の人やエピソードと重ね合わせて「ああ、このひとはこういうタイプね」とか「あのパターンかな」なんて思ったりできます。「参照枠」ってたくさんあった方がいいと思うんです。考えが深くなるし、人間という存在への理解も深まる気がします。それに、絵画や演劇など、神話から受け継がれているものがベースになっている作品は多いので、そういうものを観る眼も育ててくれます。

神話の入り口にいる人たちを、次のステップへ

——大学の授業では、学生さんたちはどんなふうに「神話」と親しんでいくんですか。

平藤
学生たちが「神話」に興味を持った入り口は、人それぞれバラバラです。星座が好きでギリシャ神話に興味を持ったという人もいるし、ゲームや漫画がきっかけだという人もいます。そういう段階から、たとえば古事記のような文献を読んでみようというのは、あまりにハードルが高すぎますよね。その間をつなぐものが必要なんです。

——平藤さんが、たくさんの著書を書かれている理由もそこにある?

平藤
いろんな入り口で神話に興味を持った人が次に触れるものは、ちゃんと質の高い内容のものであってほしいと願っています。世に出ている神話関連の本の中には、わかりやすく書いてあるけれど「ちょっと違う…」という残念なものが、実は多いんです。神話学の専門家である自分の役割として、「良貨が悪貨を駆逐してほしい」という思いで、がんばって一般向けの本を書いています。

——今回の本「神話の歩き方」で、神話の世界にさらに深く足を踏み入れる人が増えそうですね!

平藤
そうなったら嬉しいです。神話に興味を持った人たちに、本で「読んで、見て」感じるだけじゃなくてリアルな場所や空気を感じて欲しい。日本には日本神話があって、足を延ばせば、その舞台になった土地を訪ねることができる。遠くに行かなくても、地元再発見というのも素敵です。神話から入って旅に出るというのもいいし、神話への入り口が旅であってもいいと思います。この本を片手に、行った先でなにかしら神話っぽいものを感じて欲しい。そして、次のステップとして「もっと知りたい」となってもらえたら、とても嬉しいです。

構成・白鳥美子 撮影(著者写真)・山下みどり

著者プロフィール

平藤喜久子 (ひらふじ・きくこ)

國學院大學教授。学習院大学大学院博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。専門は神話学、宗教学。主な著書に『神話でたどる日本の神々』(ちくまプリマー新書)、『いきもので読む、日本の神話』(東洋館出版社)、『世界の神様解剖図鑑』『日本の神様解剖図鑑』(エクスナレッジ)、『現代社会を宗教文化で読み解く 比較と歴史からの接近』(共編著、ミネルヴァ書房)『神の文化史事典』(共編著、白水社)などがある。

「神話」の歩き方 古事記・日本書紀の物語を体感できる風景・神社案内

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