<受賞記念対談>

激動の世界の中で「日本人」の視点をどう刻むのか
山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞記念対談

三浦英之×宮下洋一

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三浦英之×宮下洋一


三浦英之さん(左)、宮下洋一さん(右)

昨年10月に『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』(集英社)を上梓した三浦英之さん。このたび、第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞しました。この賞は2012年、シリアで銃弾に斃れた山本美香さんの精神を引き継ぎ、果敢かつ誠実な報道につとめた個人に贈られるもので、今回は『死刑のある国で生きる』(新潮社)の宮下洋一さんとの同時受賞となりました。ノンフィクションの書き手として注目を浴びるお二人が、それぞれの受賞作について、そしてこれからの国際報道のあり方について、熱く語り合います。

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――山本美香記念国際ジャーナリスト賞の受賞おめでとうございます。現在、宮下さんはパリで、三浦さんは盛岡にいらっしゃるということで、オンライン上での受賞記念対談となりました。お二人は初対面なんですよね。

三浦
初対面ですが、宮下さんのことは、共通の友人であるノンフィクション作家の方から話を聞いていて、一度じっくりお話ししてみたいと思っていました。できれば、直接お会いしてお話がしたかったです。
宮下
三浦さんとは世代も近いですし、いつかお会いする機会があるだろうなと思っていましたが、まさか山本美香賞を同時受賞して、こうして対談することになるとは思いませんでした。今日はよろしくお願いします。

――それぞれ受賞作を読んだ感想はいかがでしたか。

三浦
宮下さんの『死刑のある国で生きる』は、物語がどこに帰着するのか、展開が最後まで読めないところがあって、読書体験としてとても面白かったです。冒頭で「宮下さんの考えはたぶんこうなんだろうな」とある種の「推測」を持って読み進めていくと、アメリカやスペイン、フランスのケースなど、取材者の視点が次々と移り変わり、読者の当初の「推測」を激しく揺さぶっていくという構成ですね。
宮下
そうなんです。第一章は主観的な感じで始まり、最終章に向かってだんだん客観的になっていくようなイメージで書いています。いろんな国を訪れて一つの問題について考えていくというのは、それぞれの主観を集めていくという作業なんですよね。いろんな主観を集めれば集めるほど、だんだん「中和」されて、最終的には客観的な視点を提示できるんじゃないかというのが僕の作品の特徴かもしれません。
三浦
取材を通して宮下さんの考えが揺さぶられながら、主観から客観へと「開いていく」物語なんですね。ただ一読者としては、本を読み終えて、結局、宮下さん自身は最終的に死刑制度についてどのように考えているのか、気になりました。取材を終えた今、日本としては死刑制度を継続した方がよいのか、それともなくした方がよいのか、宮下さんはどのように考えていますか?
宮下
そもそも、国家が人を殺すということに違和感があります。ただ、死刑制度をなくすということは、死刑判決を機に殺人を犯した人間が変わる可能性をなくしてしまうということになるような気がするんです。人の命を重視するならば、死刑制度があった方が、重大犯罪をおこなった人間が命の尊さを知り、「よりよく」生きることができるのではないかと思っています。死刑の執行はしないとしても、死刑制度自体は残しておいてもよいのでは、というのが僕の考え方の一つです。こうした短い言葉では、単純で乱暴に聞こえてしまいますが、その考えに至るまでには2年間の取材と試行錯誤があります。
三浦
津久井やまゆり園の事件で、植松聖は施設にいる障がい者を「生きるに値しない」として殺害し、裁判で死刑が確定しました。でも、「生きるに値しない」人なんていない、生きている人全員に生きる意味があるんだ、と断言すべき民主主義国家において、人の命を奪う死刑を肯定し、植松を死刑に処すことは、結果的に植松の論理を肯定してしまう――つまり「生きるに値しない人」の命は奪ってもいいのだという、植松の側に立ってしまう――ことにつながりかねないのではないかと私は強く危惧しています。ただ、そんな私でさえも、宮下さんの本を読むと、そこには海外における様々な価値観が示されていて、信念がわずかに揺らいでしまう。
宮下
僕は欧米で、文化や考え方が違う人たちと30年間暮らしてきて、これが正しいっていう「一つの答え」というのはないと思っているんです。今まで安楽死や死刑制度の問題などを取材してきましたが、フランス人が考えている死生観と日本人が考えている死生観というのは根本的に違うのに、同じ答えに導こうとするのは違うんじゃないか、ということを本の中で提示することが一つの目的でもあったんです。


『太陽の子』はアフリカ、『死刑のある国で生きる』は欧米での取材をベースに、日本の実像を浮かび上がらせるノンフィクション。

三浦
宮下さんがお書きになるものが「開いていく」物語であるのだとすれば、僕の描いているものは対照的に「閉じていく」物語と呼べるのかもしれません。僕の場合、往々にして難しいテーマを扱っていることもあり、物語の入り口はできるだけ広く、誰でも入りやすい仕組みになっています。そして物語を進めていくうちに、読者がいくつもの「謎」にぶちあたり、それを徐々に解決していき――僕はそれを「ファクト・ファインディングの過程を見せる」と呼んでいますが――、最終的に僕が最も伝えたい未知の事実に突き当たる。それが僕の作品に共通している構造です。新聞記事では多くの場合、「この人が犯人でした」とか「この事実が分かりました」という結論だけを書くわけですが、書籍では最初に取材をしてみようと思った動機=「謎」を読者に提示し、それを解決していく過程を読者と一緒に辿っていけるように心掛けています。
宮下
三浦さんの『太陽の子』では、日本人とアフリカの女性との間に生まれた子どもを日本人医師が殺害していた疑いがあると報じたイギリスの公共放送BBCが、三浦さんたちの追及を受けて最終的に配信記事を取り下げることになりましたね。最初に日本人医師による嬰児殺害疑惑を報じていたのは、フランスの国際ニュース専門の公共放送フランス24だったようですが、フランス24にも抗議はしたんですか?
三浦
抗議はしましたが、フランス24からは結局回答がありませんでした。BBCの場合も、結局は自分たちの非を認めはしないのですが、僕たちの指摘を受けて配信記事を削除するという判断を下しました。記事を削除するというのは、報道機関にとっては重大なことなので、正直、BBCの対応には驚きました。
海外で取材をしていて強く感じたのは、欧米におけるジャーナリズムは、記者自らが社会問題を発掘したり、それを社会に提示したりすることに重きが置かれていて、社会的にもそれらが評価されているということでした。一方で、日本はどちらかというと政府や企業が発する情報をいかに速く読者に伝えるかといった「特ダネ競争」に多くの労力が割かれている。結果、欧米のジャーナリズムには情報に「誤り」が含まれていることが多々ある一方で、日本のそれは、発信者である政府や大企業に大きく依存しているため、必然的にメディアが為政者にコントロールされる可能性を排除できない。ニューヨークのコロンビア大学に留学してジャーナリズムの授業を聴講していたときに、日本と欧米では「ジャーナリズム」の考え方が随分違うなと驚かされました。
宮下
そうなんですよね。僕もバルセロナ大学の大学院でジャーナリズムを学んでいたとき、一番最初に言われたことは、「ジャーナリズムに中立は存在しない」でした。欧米の記者たちは、危険な紛争地に乗り込んでいったり、独裁者に対して強烈な体制批判を浴びせたりして、たしかに強い正義感や勇敢さを持ち合わせている。それは素晴らしいことだと思います。ただ、彼らは事実の認定については甘いところもある。『太陽の子』では、欧米メディアのそうした甘さに対して、三浦さんが緻密な取材で事実を明らかにしていく展開が、面白かったです。
三浦
ありがとうございます。取材を始めた当初は、アフリカに取り残された日本人の残留児たちとその救済が物語の大きなテーマだったのですが、冒頭に書いた取材のきっかけから、BBCの記事取り下げに至る「虚報問題」の解消についても、物語を構成する大きな柱の一つになりました。


山本美香記念国際ジャーナリスト賞授賞式では、選考委員から両作に高い評価がおくられた。

――今回、お二人は国際ジャーナリストとして評価されての受賞となりましたが、現在の日本の国際報道のあり方についてはどのように考えていますか?

三浦
日本の国際報道は今、まさに大きな曲がり角に立たされているなと感じています。たとえば、20~30年前であれば、戦場にジャーナリストが飛び込んで、戦闘の現場を日本人に伝えるという「戦争ジャーナリズム」が十分に機能できた。でも、今は前線の兵士がスマートフォンで生の戦場を撮影したものが次々とSNSにアップされ、それを全世界の人がリアルタイムで見ることができる。さらに機械翻訳によって、現地の言語が理解できなくても、現地メディアやSNSの投稿を誰もが自国語に翻訳して読むこともできる。そうした中で、日本人のジャーナリストがあえて、相応の危険や多額のお金を費やして、海外の現場に出向いて取材をする必要が本当にあるのか。取材者は、社会からも、そして会社からも、多くの疑問を突きつけられてしまう。
宮下
欧米の新聞社では、現地のスペシャリストを特派員として使いますが、日本の新聞社の特派員制度は、日本の記者を海外の現地に派遣します。そういう日本メディアの特派員制度が、資金的な問題もあってどんどん縮小していますね。
三浦
実際問題として、戦場などの危険地帯の取材には、防弾チョッキやヘルメットなどの防護設備だけでなく、専門の通訳やいざというときの脱出手段の確保など、莫大な取材経費がかかってしまうのが実情です。経営が極度に悪化している今の日本のメディアにとっては、かなりの負担になるのは間違いありません。ただそれでも、僕は日本の記者が海外の現場に取材に行く必要が絶対にあると考えています。そこには日本の実情を熟知していて、日本と海外の違いを理解しているプロの記者だからこそ伝えられるという「メリット」が確実に存在するからです。日本人の記者が「当事者」として、現場で見たり感じたりしたことを日本語で伝える。そのことで初めて、日本の読者や視聴者は、日本はどうすべきか、日本人はどう行動すべきかを知ることができると思うんです。でも、今の日本の社会では必ずしもそういう認識にはなっていない。個人的にはとても残念です。
宮下
日本は自分で考えて発言したり、自分で物事を決めて行動に移したりすることがはばかられる社会ですよね。だから、みんな遠慮して、周りの意見に同調しがちなところがある。そうすると、他人の意見、例えば欧米の人たちの発想を鵜呑みにしやすくなるように思うんです。欧米に対する憧れがあるんですよね。僕も小学生の時から英語が大好きで、高校を卒業してアメリカの大学に入ったころは、多民族・多言語の人たちと接して「世界ってでかいな」と思いました。世界中の人たちの価値観を伝えたいと思ってジャーナリストになり、30年間欧米で生活しています。でも時間がたつにつれて、欧米人って本当に日本人が思い描くような人たちなのかという思いがどんどん強くなっていったんですよ。
三浦
欧米に憧れてばかりだと足元をすくわれてしまうというのは、おっしゃるとおりだと思います。実は、僕自身が神奈川県の在日米陸軍基地「キャンプ座間」のすぐ横にある団地で生まれ育った「キャンプ・キッズ」なんです。団地の敷地の25メートル先にはフェンスに囲まれた基地があって、少年時代からアメリカに対しては憧れと同時に鬱屈した思いを抱いてきました。そこには強い「光」があると同時に、深い「闇」がある。その現実を、僕は実体験として理解をしています。
宮下
欧米社会から見ていると、日本人って欧米人に憧れて彼らの言っていることを鵜呑みにしているけど、本当はもっと自分たちを信じて、自分たちのやり方で社会を作っていけば、日本にとっていい社会になるはずなんです。欧米の流れに乗っかって、日本を変えていこうとすると、日本の根本的な土台が崩れるんではないか。そういうことをいろんなテーマを通して伝えていきたいと思っています。
三浦
僕はこれまでずっと、「日本とは何か」「日本人とは何か」というテーマで作品を書き続けてきました。事実上のデビュー作である満州を題材にした『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』でも、今回の『太陽の子』でも、「資源を持たない工業立国」であるという矛盾の中で、日本はどのように進めばいいのか、日本人はどのように生きていくべきなのか、ということを常に問い続けてきました。『太陽の子』では、経済成長期に資源を求めてアフリカに行ったものの、結局、錆びた巨大工場群と日本人残留児を残してしまったという「負の遺産」をテーマにしました。でも日本人はそれと正面から向き合って検証したり、反省したりすることができない。なぜかと言うと、日本国内には資源がないために、我々は未来永劫、海外から資源を持ってこなければいけないという運命を背負っているからです。そのゆえに、どうしても過去の轍(てつ)を踏んでしまう。同じ過ちを繰り返してしまう。福島で原発事故が起きた後でも、やっぱり原発にすがりつかなきゃいけないというのも、やはり資源を持たない工業立国であることの宿命なのだと思います。こうした矛盾を背負った、我々日本人というものは一体いかなるものなのか、という大きな命題について、僕はこれからも取材を続け、作品を書き続けていきたいと思っています。

三浦英之(みうら ひでゆき)
1974年、神奈川県生まれ。朝日新聞記者、ルポライター。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞。

宮下洋一(みやした よういち)
1976年、長野県生まれ。アメリカのウエストバージニア州立大学卒業後、スペインのバルセロナ大学大学院で国際論修士、ジャーナリズム修士を取得。フランスとスペインを拠点としながら世界各地を取材している。『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』で第21回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、『安楽死を遂げるまで』で第40回講談社ノンフィクション賞、『死刑のある国で生きる』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞。その他に『安楽死を遂げた日本人』などがある。

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