インタビュー
今こそ、もっと「光」を―― 第3回

光をもっと“意識”すれば、日常生活がより豊かになる

石井リーサ明理さん

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――パリ暮らしが長いリーサさんですが、「光」について、日本との違いを感じることはありますか。

石井:
フランスの街は、基本的に暗いんです。そこに、ライトアップされたエッフェル塔がすっくと立っていたり、オペラ座があったりするので、光がとても映える。「ほどよい暗み」というのは、とてもよいものです。これは、厳格な規制のおかげです。地区ごとに、光る広告塔はダメだとか、色や動きのある光は使えないなどのルールがあります。日本では、たとえば京都の街並みの中で店舗の看板の色を規制するなど昼間の景観条例はありますが、夜の景観条例というのはあまり聞いたことがありません。

――じゃあ、日本の夜景にはあまり魅力を感じられませんか?

石井:
そんなことはないですよ。東京の夜景は、結構魅力的だと思います。特に都市部はオフィスビルが多いので、高いところから眺めると、ほとんどのビルが白く光っていて統一感があります。

――日本の光について、もっとこうだったらいいのにと思うことはありますか。

石井:
街灯に統一感がなくて統率が取れていないのが気になりますね。でも、これには理由があるようです。国道にある街灯は国が整備していて、県道の街灯は県が、商店街の街灯は商店街が…と、縦割り行政のなせる業だそうです。
あともう一つ、日本人は「眩しさ」と「明るさ」を混同している節が感じられます。特に商店街の街灯などは、ピカピカ光っているのがよしとされる。「明るくなったね」なんて喜んでいるのですが、実は、街灯自体があまりに明る過ぎるせいで、相対的に周りが暗くなってしまったり、本来もっとも見える必要のある路面がさほど明るくなくて、歩きにくかったりするなんてことも起こっています。

――なるほど。明るければ明るいほどいいというものではないんですね。

石井:
お祭りではないのですから、いつもピカピカしていなくてもいいんですよ。
道路照明なら路面がちゃんと見えること、横断している人がちゃんと確認できることが目的です。それに十分な明るさを確保することは技術的に可能なのに、その調整をせずにただ明るくして満足してしまっているというケースが多い。そのせいで、夜景全体がチラチラと眩しさばかりが目立ち、パラパラ煩雑な印象になっています。適材適所ならぬ、適光適所。安全に歩ける照明、あるべきところにあるべき量の光がちゃんと届くことが大切です。特に、「眩しさ」は、エネルギーの使い方の面で問題があるというだけでなく、年をとると眩しさに敏感になるので、現代のような高齢化社会においてはその点からの配慮もますます必要になっていくと思います。


ヴェルサイユ宮殿のモデルになったと言われるパリ北部にあるシャンティーユ城にある庭園照明は、暗さの中に品格あるアクセント照明が映える。


パリ郊外にあるヴァロントン城の公園。自然との共存をテーマにしているビオトープエリアでは、ほんのりとウッドデッキが照明されるのみ。控えめな光が暗めの環境に溶け込む。

――外だけでなく、家の中の照明についても状況や目的ごとに光を調整することが必要でしょうか。

石井:
ぜひ、意識して取り組んでいただきたいです。というのも、今、照明業界ではヒューマン・セントリック・ライティング(HCL)という考え方が世界的に注目されています。人を中心にした照明設計の概念のことで、季節や時間帯や心身の状態、ライフスタイルに合わせて照明をコントロールしていこうというものです。
そもそも、人体が本来持つバイオリズムは、一日の中での太陽の光の変化によって、長い年月をかけて形成されてきました。簡単に言えば、暗くなったら眠る、明るくなったら目覚めるというようなパターンです。にもかかわらず、現代社会では朝から晩まで明るい蛍光灯の下で暮らしています。駅も明るい、電車の中も明るい、オフィスも明るいし、家も明るい。オフィスではパソコン画面のブルーライトを見つめ続け、自宅では大きなテレビを見る。寝る直前まで、タブレットやスマホを見つめ続ける。そのせいで起こっているのが睡眠障害です。

――多くの人が抱えている睡眠の悩み、その原因は「光」が明る過ぎることにあるのでしょうか?

石井:
すごく大きな原因になっていると思います。起きている間中ずっと明るい光を浴び続けていたら、バイオリズムが狂ってしまって、うまく寝付けないのは当然です。かといって、照明を使わずに自然の光だけで生活するというのは現実味がありません。太陽の光のような、一日の中での明るさの変化や色みの変化、もっと言うと、光が差してくる方向の変化なども
人工照明で疑似的につくるということを考えていけばいいと思います。光をコントロールすることで体内の睡眠ホルモンの形成を正常化させることができれば、夜よく眠れるようになり、そうすると翌日は朝から集中して仕事に取り組める。そういうサイクルに持っていくための光の使い方が、先ほどご紹介したHCLです。


ジュネーブのレマン湖に面した超高級ホテル・ウッドワードの客室にはヒューマンセントリックライティングの考え方を取り入れた照明デザインが展開されている。時間帯によって光の色や強さが変わるようプログラムされている。プールは全て間接照明で落ち着いた雰囲気を創出。水玉のような天井や、大理石の壁のテクスチャーなど、インテリアデザインを光が引き立てる。ロビーは暖かい白色光でシャンデリアなど豪華な内装を盛り立てる。

――具体的にはどのようにすればいいんでしょう。

石井:
寝る前にはスマホやタブレットを見ないということから始めてみたらいかがでしょう。私自身も、仕事柄、光を見つめないといけないので、目を大切にするということも含めて夜のパソコン作業やスマホはなるべく制限しています。
一日中同じ光の中で生活するのが当たり前になっていますが、本来、人間にとってそれは当たり前じゃないはずなので、その点にも気をつけると睡眠の改善につながるはずです。
お風呂から出たら天井の大きな照明はつけない、というのもおススメです。

――天井の照明をつけないとなると、どのような灯りを使えばいいのでしょう。

石井:
大きな照明を消すと、部屋は真っ暗になりますよね。その一番暗い状態、つまり「0(ゼロ)」からキャンドル一つ程度の灯りを少しずつ足していくというやり方を、私はいつも勧めています。キャンドルの火が心配というのなら、LEDキャンドルを使うという手もあります。少しずつ明るくしていくと、「このくらいの明るさが、部屋がきれいに見える」「ついでに私もきれいに見える(笑)」という段階に出合います。そうすると、「ちょっとワインでも飲もうかな」なんて気持ちになったりもします。もちろん、どの段階の光が心地よいかは、その日の体調や気分、目的によって変わりますが、少しずつ光の足し算・引き算をしていくうちに、自分の好みの光がわかってくる。そうなると、とても楽しいですよ。

――「好みの光」という発想はなかったです。光を意識することで、なんだか、日常の暮らしが一段レベルアップするような予感がします…。

石井:
きっとそうなります。コロナ禍を経て、おうち時間を大切にする人たちが増えてきました。安心感に包まれて暮らすために、光はとても大事な要素です。好みの光を知って、それを実現するための照明器具を見つける。ここにはどんな光が合うかなと考えて、スタンドやランタンを置いてみたりして心地よい自分の居場所をつくっていく。
今は、ほとんどの家に空気清浄機がありますよね。当たり前のように存在する空気を意識するのと同じように、これまで当たり前だった「光」についても意識し始めると、どんどん暮らしの質が高くなります。

取材・文/白鳥美子
写真提供/I.C.O.N.
撮影(石井さん)/山下みどり

【第1回 光に込めたメッセージを届けたい】

【第2回 照明が街や場所のアイデンティティをつくる】はこちら

 

プロフィール

東京芸術大学美術学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。その間、アメリカ、フランスにてデザインを学ぶ。ハワード=ブランストン&パートナーズ社(NY)、石井幹子デザイン事務所(東京)勤務後、ライト・シーブル社(パリ)のチーフデザイナーに抜擢される。2004年に独立し、東京とパリにI.C.O.Nを設立。都市計画、建築、インテリア、美術展、イベント、舞台等、各国の照明プロジェクトに従事。

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