開高健ノンフィクション賞

第11回開高健ノンフィクション賞 受賞作品

  • 【受賞作】

    『誕生日を知らない女の子


    虐待——その後の子どもたち』


      (『壁になった少女 虐待──子どもたちのその後』改題)

  • 【受賞者】

     黒川 祥子

  • 【作品概要】

     はじまりは、小児の閉鎖病棟だった。虐待を受けた子どもを専門に治療する場所になぜ、閉鎖ユニットが必要なのか。虐待は子どもにどんなダメージをもたらすのか。この驚きから、取材はスタートした。
     私たちはこれまで悲惨な虐待死事件を取り上げては、親や関係機関を叩き、残酷さを訴えてきた。では「死なずにすんだ」子どもたちは保護されれば、それで一件落着なのか。決してそうではないことを、病棟の構造が物語る。
     虐待された子どもは心だけでなく、脳の発達にも障害が生じ、自閉症、暴力の衝動性や性行為の連鎖など、問題行動に苦しんでいた。その事実を知って、被虐待児が暮らす場所を訪ねよう、と思いつく。
     乳児院や児童養護施設、情緒障害児短期治療施設など施設も訪ねたが、主な取材先となったのは、「ファミリーホーム」という、2009年に新設された多人数(5人〜6人)養育を行う家々だった。「ママやパパ」がいる家庭という環境で、虐待からのサバイバーたちは育ち直しの時を生きていた。子どもたち一人一人の物語を通し、虐待が子どもに与えるダメージや、その回復につきまとう困難を見つめ、考える機会を得た。
     美由ちゃんは母親から身を守るため、「壁になって」生きてきた。ファミリーホームという「お家」に来ても、母親が恫喝する幻聴に悩まされ、幻聴が命じるまま無意識に行動する「解離」という問題を起こしていた。
     雅人くんは母親によって、目に割り箸を突き刺されたこともある。夜になれば奇声を発して一睡もせず、日中はカーテンの襞に隠れた。
     母親に遺棄され、2歳から児童養護施設で暮らした拓海くんは、施設内虐待の犠牲者でもあった。小学4年で里親宅に来た時、「オレはもう死んだ方がいい」と泣きじゃくった。
     明日香ちゃんは実母の無責任な言動に振り回され、実母の愛にすがり戻った結果、二重に傷ついた。 虐待により激しく傷ついた子どもたちが、安心できる環境と信頼できる大人を得て、いかに変わって行ったのか。寄り添う大人たちの思いや苦悩とともに、その成長物語は貴重な希望の光でもある。
     一方、癒しの機会を得ないまま大人になった被虐待児は、今も後遺症に苦しんでいた。沙織さんはネグレクト環境で育ったうえ、実父から性的虐待を受けた。別人格の存在、うつ、自殺念慮などの苦しみに加え、娘への虐待が止まらない「連鎖」を抱えながら日々、生きている。
     虐待の後遺症、そのすさまじさこそ、これまで虐待問題に欠けていた視点である。虐待からの生還者である子どもたちの「その後」に、正しい光を当てたい、と強く思った。

黒川 祥子(くろかわ しょうこ)

 1959年福島県生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。弁護士秘書、ヤクルトレディ、美術モデル、業界紙記者等を経てフリーに。家族の問題を中心に執筆活動を行う。「橘由歩(たちばなゆうほ)」の筆名で『ひきこもりたちの夜が明けるとき』(PHP研究所)、『身内の犯行』(新潮新書)、『セレブ・モンスター』(河出書房新社)、『全国ごちそう調味料』(幻冬舎)などの著書がある。シングルマザー(息子2人)。

『誕生日を知らない女の子 虐待——その後の子どもたち』
1,680円(税込)
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