南アフリカ・ワイン醸造家
ヌツィキ・ビエラさん の「マイ・ストーリー」
未知の世界に飛び込み、人生を切り拓く

 私は、南アフリカ初の黒人女性のワイン醸造家です。アパルトヘイト(人種隔離)体制が長く続いてきた南アフリカではワインは白人が飲むものというイメージが強く、この業界の経営層で働く黒人はほとんどいません。また、白人であっても女性のワイン醸造家は少数派です。
 私は黒人しかいない決して豊かではない村で育ちました。高校卒業後、町でメイドの仕事をしながら大学の奨学金制度に応募し続けたのは、高い教育を受けることが自分の人生を切り拓く唯一の方法だったからです。航空会社の奨学金を得て、大学でワイン醸造学を学ぶことになったのですが、当時はワインのことなんて何も知りませんでした。初めてワインを口にした時のことは良く覚えています。「お皿はいくら割ってもいいけれど、ワイングラスだけは割ってはいけない」という家に招かれ、特別な扱いで赤ワインを注がれたので、どんな美味しいものかと期待して飲んだら、「こんなまずいものを、みんな嬉しそうに飲んでいるなんて!」とびっくりしました。飲みなれなかったからそう思ったのだと今は思います。  進学先の大学では白人が大多数を占め、彼らが使うアフリカーンス語もまったく理解できず、本当に苦労しました。講義も聞き取れなかったので、アフリカーンス語を英語に通訳するチューターをつけてもらうよう、大学に交渉しました。どんなに辛くても、勉強をやめるつもりはありませんでしたし、周囲に助けてもらいながら次第に授業にもついていけるようになりました。ワインの魅力に目覚めたのも、在学中に働いたワイナリーでの経験が大きかったですね。そのワイナリーの醸造家は白人でしたが、人種や性別、言葉の壁を乗り越えて、ワインとはいかに素晴らしいものかということを、情熱をこめて私に教えてくれました。彼のおかげで私はワイン醸造の仕事が大好きになりました。
 南アフリカのワイン業界では黒人女性であることのハンデも多く、就職するときには露骨な差別も受けました。それでも、2006年に「ミケランジェロ・インターナショナル・ワイン・アワード」で金賞を受賞するなど多くの賞を得たことで自信を深め、2013年に自分のワインブランド「”ASLINA”(アスリナ)」を立ち上げました。「アスリナ」は私の祖母の名前で、以前から自分のワインブランドには絶対にそう名付けようと考えていたんです。「アスリナ」で販売しているカベルネ・ソーヴィニヨンの「ウムササネ」という名前も祖母のニックネームからとったもので、これは「アカシアの木」を意味します。アフリカでは、動物たちが暑さを避けて枝を広げたアカシアの木陰にやってきますが、祖母もそんな風に人々を迎え入れる大きな包容力の持ち主で、村中の人から敬愛されていました。
 そんな祖母を見て育った私はいま、パイオニアとして、後に続く世代をサポートする使命があると思っています。「ピノタージュ若者育成アカデミー」という教育機関で多人種の若者たちのキャリアを支援するほか、故郷の村でも同じようなプロジェクトを立ち上げようとしているところです。村では今も私以外に大学に進んだ女性はいません。だから、若い人たちの人生を変えるために役に立ちたいのです。将来は、自分のワイナリーを持つことが叶ったら、彼らの就労支援をしていきたいと思っています。

 ミシェル・オバマの『マイ・ストーリー』を読みながら、今は亡き祖母のことを思い出さずにはいられませんでした。大人は子どもたちに「あれをしてはダメ」「これはダメ」と言いがちですが、ミシェルさんのお母さんは、彼女の「自分らしく生きたい」という気持ちを尊重して、背中を押してくれますよね。私にとっては、祖母がそういう存在でした。教育の大切さを教えてくれたのも、村では誰も知らないワインの仕事をする私を励まし、支えになってくれたのも祖母でした。自分の人生を力強く歩もうとする世界中の女性たちには、そうやって前に進むことを助けてくれるトライブ(仲間)がいるのだと思います。
 この本の中に「『大人になったら何になりたい?』と子どもに訊くのは意味のないことだと思う」という文章がありますが、「何になりたいか」というより「どのような人間でありたいか」ということをもっと子どもたちに訊いてあげるべきだと気付かされました。私が子どもだった頃、自分がワイン醸造家になり、自分のワインが世界中で愛されるようになるなんて想像もしていませんでした。私にとって「こんな美味しいワインだったらいつまででも飲んでいたい」と思えるワインを作り、その感動をお客様と分かち合うことは大きな喜びです。そんなワインをもっと多くの人々に届けるために、私のストーリーはこれからも続いていきます。

ASLINA輸入販売元/株式会社アリスタ・木曽 https://www.aristakiso.com/
協力/株式会社SKYAH  文/加藤裕子 写真/冨永智子