株式会社サイバーエージェント取締役
曽山哲人さん の「マイ・ストーリー」
弱さを認めると、人は真に強くなる

 私は今、サイバーエージェントの人事統括取締役という立場にいます。組織を率いる人間として自分の弱みだと自覚しているのは、細かいところが気になるところです。それは強みとも言えますが、無意識のうちに完璧なものを求めてしまうところがあります。 性格そのものを変えることは難しいですが、神経質な部分より大切なことが何かを常に意識するようにしています。それは、その人自身を活かしたほうが成果も満足度も大きくなるという考えかたです。
 そう思うようになったのは、営業のチームリーダーだったときのことがきっかけです。結果を出せずに私が怒ってばかりいたあるメンバーが、隣のチームに移ったとたん月間MVPを獲り、私は大きなショックを受けました。彼は細かく管理されることが苦手な性格だったので、私があれこれ言えば言うほど力を発揮することができなくなっていたんですね。それから私はコーチング研修を受けたりしながら、「指示命令型」から「傾聴型」へと自分のマネジメントスタイルを180度変えていきました。その結果、チームの営業成績が伸びただけではなく、以前は険しい表情だったメンバーたちの笑顔も増えました。それぞれの才能を開花させるマネジメントに近づけていると実感できるのは、嬉しいことです。
 いま活躍しているビジネスリーダーはみんな、自分の弱さを認めることができる人たちだと思います。なぜかというと「自分はこれが苦手だ」と言えるというのはその部分を誰かに任せられるということで、これは権限委譲の第一歩なんです。サイバーエージェントでは、幹部育成プログラムなどで自分の強さと弱さを理解するためのワークショップを行っています。まずはいいところを認めたうえで、改善してほしい点を周囲から上げてもらい、本人はそれに対してどう取り組んでいくかを考える、とてもポジティブなものです。私自身もいまだに「曽山さんのこういうところを直してほしい」と指摘されますが、それにより多くの気づきをもらっています。こうやって気づきを得るフィードバックの機会を持つことは、自分の成長につながりますね。

 私は若いころにダンスをやっていて、ヒップホップをよく聴いていました。ミュージシャンたちのパワフルな言葉に触れているうちに、「なんで、この人たちはこんなに強い思いをもっていたり、怒っているのだろう?」との背景にあるものに興味を持つようになり、大学ではキング牧師の有名な「私には夢がある」のスピーチを題材に卒論を書きました。そのとき、1960〜70年代のアメリカで起こった黒人公民権運動のこともすごく調べました。
『マイ・ストーリー』を表紙をめくるとすぐに、キング牧師が歴史的デモ行進を行ったエドマンド・ペタス橋を、ミシェルさんが夫であるオバマ大統領や娘さんたちと手をつないで渡る写真が出てきます。その写真を目にして、ミシェルさんに一気に興味がわきました。読んでいくと、ファーストレディーにまでなった人なのに、生まれ育ったシカゴの貧しい黒人街の様子や自分のだめな部分についても本当に率直に綴られている。自分自身のことを客観的にみつめ、「私はこれでいいのだろうか?」と深く内省する習慣がなければ、なかなかここまでは書けません。まさに彼女は自分の弱さを認めることができる、本当の強さを持った人なんだと思います。自分の経験と照らし合わせて、すごく心に響きました。

 日本に暮らす特に男性にとっては、ミシェル・オバマという人は遠い存在かもしれません。しかし、ビジネス・パーソンにこそこの本を読お勧めしたいです。私はこの本ではじめて知ったのですが、ファーストレディーにはなんの権限もないんですね。ミシェルさんはそういう立場におかれていたにもかかわらず、自分に何ができるのかということを考えながら様々なプロジェクトを立ち上げ、それを実現させていく。本当にすごいことだと思いますし、ビジネス・パーソンにとって役立つヒントがたくさん見つかります。
 彼女には高い志とともに「この社会を良くしたい」というパッションがあったからこそ、あれだけ結果を出せたのだと私は思っています。いまは変化のスピートが早い時代で、若い人でもビジョンを持てないという人が増えているようですが、ビジョンを描くまえに自分のパッションに素直になるのもよいと思います。まずは「これが楽しい!」「わくわくする」というようなパッションから何かをはじめれば、ものごとは動き出します。そんなことをミシェルさんからぜひ学んでほしいですね。

文/加藤裕子 写真/冨永智子