エッセイスト、タレント
小島慶子さん の「マイ・ストーリー」
思い通りではない人生の中にこそ、豊かな実りがある

 年を重ねるにつれわかってきたのは、人生は思い通りにならないことがほとんど、でもだからこそ豊かな生きかたができる、ということです。
 以前の私は、努力すれば望むものが手に入ると思っていました。テレビ局のアナウンサーとして男性並みに働いて、結婚もし、子どもも産んで、「すべてを手に入れた私ってすごい」とちょっと自惚れていたんです。でも子育てがはじまった途端、どんなにがんばっても思い通りにいかないことばかり。ある日、イライラして我が子の小さな足を叩いてしまい、「これはもうダメだ」とカウンセリングに行きました。それをきっかけに自分が抱えていたメンタルの問題がどんどん見えてきて、2人目を出産した後は不安障害も発症しました。専門家の助けをかりながら、「人生って思い通りにならないこともある」と受け入れられるようになったのは、いまはよかったと思っています。そうでなければ、いまだに「努力すれば幸せになれる。不幸な人はがんばりが足りなかったんだ」なんて、浅はかな考えでいたかもしれません。
 6年前、夫が突然仕事を辞め、無職になったことで、それこそ思い描いていたのとはまったく違う人生のステージに入っていくことになりました。全てをシェアする共働きから、夫はオーストラリアで子育て、私は日本で仕事というスタイルに。「自分ひとりの稼ぎで家族を養わないといけない」というプレッシャーに、しばしば押しつぶされそうになります。大黒柱になってはじめて、日本の男性たちがいかに無理のある働き方をしてきたかが身にしみましたし、「男は稼いでなんぼ」というマッチョな価値観に自分自身がとらわれていたと反省もしました。最近、世の中の流れも「仕事だけしていればいい、稼げばいい」という発想はそろそろやめようと変わりつつありますよね。そこに自分の個人的な経験が重なって、またひとつ世界が広がったように思っています。

 ミシェルさんも「人生は思い通りにならない」ということを学んでいった人だと思います。若き日の彼女は、貧しい黒人家庭からエリートになったことで、「私はたくさん努力したから成功した」と考えていたし、努力しない友人や恋人に厳しい目をむけがちでした。ところが、バラクさんという夫を得たことで、彼女は「理想の人生設計」からどんどんはずれていくことになります。若き上院議員として脚光を浴びていたバラクさんに大統領選出馬を期待する周囲の熱気が高まっていったとき、彼は「妻が了承しなければ出ない」と言い続け、ミシェルさんは悩み抜いたすえに「イエス」と答えるんですね。
 夫が大統領選に出馬すれば、おそらく自分も娘たちもまきこまれることになりますから、ミシェルさんにとっては重い決断だったはずです。その根底にあったのは、このふたりが共有していた「アメリカの社会をより良いものにしたい」という強い想いだったでしょう。だからこそ、夫に対して不満はあっても(この本にはバラクさんのダメ夫な部分もたくさん描かれています!)、大統領になって世の中を変える可能性に賭けようという気持ちになれたのだろうし、そんなふうに相手を信じられるのって、すごいことですよね。
 ただ、彼女のストーリーはけっして「すべてを捨てて、夫のために尽くしたよき妻の物語」ではありません。手放したものもたくさんあるけれど、大統領夫人という立場になったことで自分の想いを実現するチャンスを手に入れ、社会に大きなインパクトを与える存在になっていきます。たとえ思い描いていた人生とはちがっても、自分にできることをしなやかに実現していくミシェルさんの姿は、「努力しない人は嫌い」と言っていたころより、ずっとタフで素敵です。
 もうひとつ、ミシェルさんが素晴らしいのは、必要とすることに対してはきちんと主張して自分の価値を示し、道を切り拓いていくところです。黒人女性であるミシェルさんは、マイノリティーとして無視されるような場面に直面しても、けっして無視されっぱなしではありません。そんな彼女の『マイ・ストーリー』は、私にとって今年もっとも勇気をもらった本です。声に出せない生きづらさを抱えがちな今の日本。男女問わず多くの人に読んでほしいですね。

文/加藤裕子 写真/冨永智子
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