男性と肩を並べて働きたい、という思いで、大学卒業後、日本長期信用銀行(現 新生銀行)に入行、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経てノバルティスファーマ、その後ネスレニュートリション株式会社に移籍し、2008年から「ほぼ日」取締役CFOを10年間勤めました。 最初の銀行を4年で退職したのは、仕事を全然楽しめない自分に気づいてしまったからです。アメリカに留学して、その後の就職先もそのまま外資系企業を選びました。結果さえ出せば多様な働き方が受け入れられる職場環境で、仕事か家庭かどちらかの選択を迫られなかったのはよかったと思っています。でも本当は、仕事と家庭は天秤にかけるようなものではないですよね。人生において、家族や親しい友人は一番大事な宝物ですし、その一方で、自分が生きていくうえでは、仕事もやっぱりすごく大切なもの。いわゆるワークライフバランスというのとはちょっと違っていて、本当に両方大事なんです。でも、物理的に限られた時間と気力と体力のなかでやっていかなくちゃならないわけだから、両方まったく同じにするということはできません。 私にはふたりの子どもがいますが、まだ小さかった彼らを無理して海外出張に同行させたこともありますし、毎日分刻みのスケジュールに追われて、「家庭のことがちゃんとできていないんじゃないか」と意識する余裕すらありませんでした。自分のなかに、そういう罪悪感のようなものがあることに気づいたのは、つい数年前のことです。当時小学校4年生だった娘が、ある日、働く女性についてのネットニュースを目にして、「仕事と家庭って両立できないの?」と聞いてきたんです。「ママ、家庭はどうなの?」と聞かれた私は、一瞬、言葉につまってしまい、内心動揺しました。でも、娘がつづけて「仕事はどう?」と言ってきたとき、「仕事はちゃんとやってるよ」と即答してしまったんですね。そうしたら娘が「だったら、オッケー」と、すっと言ってくれたんです。その一言に、「私はこれでいいんだ」と、ほっとしてしまいました。
『マイ・ストーリー』でも、ミシェルさんが仕事と家庭をどう両立させていくか葛藤する場面がたくさん出てきます。「こういうことって普遍的なんだな」と、つい自分と重ね合わせずにはいられませんでした。思わず泣いてしまったのは、長女のマリアちゃんの10歳の誕生日が、夫バラクの大統領選挙のキャンペーンと重なり、遊説先で間に合わせのケーキやプレゼントでお祝いしなくてはいけなくなったシーンです。ミシェルさんもバラクさんも親の都合で子どもをふりまわしている罪悪感でいっぱいになっているなか、マリアちゃんが「今日は、今までで一番すてきな誕生日だよ!」と本当に素直に言うんですね。そこで、ふたりは親としてすごく救われる。「親が心配していても案外、子どもは明るく突破していくんだな」と思いました。一番好きなシーンです。 この本を知ったきっかけは、現・アメリカ大統領のトランプ氏による女性蔑視発言に対して、2016年にミシェルさんがスピーチした力強いメッセージを聞き、心を揺さぶられたことです。それを機に彼女のツイッターをフォローし始めました。 それで、昨年アメリカで彼女の自伝が出ると知ったとき、「絶対に読みたい!」とすぐ英語の原書を予約しました。本のなかでも、ミシェルさんは黒人であることや女性であることの痛みを、けっしてエキセントリックではないかたちで、冷静かつ誠実に伝えています。そんな彼女の言葉だから、男と女、子どもがいる・いないという立場の違いを超えて共感できるのではないでしょうか。ミシェルさんの「立ち位置はさまざまでも、互いに理解しあい、一緒によりよい社会をつくっていこう」という思い、そして働きかけを、多くの人に知ってもらいたいと思っています。 文/加藤裕子 写真/冨永智子
篠田真貴子さん の「マイ・ストーリー」
子どもの一言に救われた、全力疾走の日々
男性と肩を並べて働きたい、という思いで、大学卒業後、日本長期信用銀行(現 新生銀行)に入行、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経てノバルティスファーマ、その後ネスレニュートリション株式会社に移籍し、2008年から「ほぼ日」取締役CFOを10年間勤めました。
最初の銀行を4年で退職したのは、仕事を全然楽しめない自分に気づいてしまったからです。アメリカに留学して、その後の就職先もそのまま外資系企業を選びました。結果さえ出せば多様な働き方が受け入れられる職場環境で、仕事か家庭かどちらかの選択を迫られなかったのはよかったと思っています。でも本当は、仕事と家庭は天秤にかけるようなものではないですよね。人生において、家族や親しい友人は一番大事な宝物ですし、その一方で、自分が生きていくうえでは、仕事もやっぱりすごく大切なもの。いわゆるワークライフバランスというのとはちょっと違っていて、本当に両方大事なんです。でも、物理的に限られた時間と気力と体力のなかでやっていかなくちゃならないわけだから、両方まったく同じにするということはできません。
私にはふたりの子どもがいますが、まだ小さかった彼らを無理して海外出張に同行させたこともありますし、毎日分刻みのスケジュールに追われて、「家庭のことがちゃんとできていないんじゃないか」と意識する余裕すらありませんでした。自分のなかに、そういう罪悪感のようなものがあることに気づいたのは、つい数年前のことです。当時小学校4年生だった娘が、ある日、働く女性についてのネットニュースを目にして、「仕事と家庭って両立できないの?」と聞いてきたんです。「ママ、家庭はどうなの?」と聞かれた私は、一瞬、言葉につまってしまい、内心動揺しました。でも、娘がつづけて「仕事はどう?」と言ってきたとき、「仕事はちゃんとやってるよ」と即答してしまったんですね。そうしたら娘が「だったら、オッケー」と、すっと言ってくれたんです。その一言に、「私はこれでいいんだ」と、ほっとしてしまいました。
『マイ・ストーリー』でも、ミシェルさんが仕事と家庭をどう両立させていくか葛藤する場面がたくさん出てきます。「こういうことって普遍的なんだな」と、つい自分と重ね合わせずにはいられませんでした。思わず泣いてしまったのは、長女のマリアちゃんの10歳の誕生日が、夫バラクの大統領選挙のキャンペーンと重なり、遊説先で間に合わせのケーキやプレゼントでお祝いしなくてはいけなくなったシーンです。ミシェルさんもバラクさんも親の都合で子どもをふりまわしている罪悪感でいっぱいになっているなか、マリアちゃんが「今日は、今までで一番すてきな誕生日だよ!」と本当に素直に言うんですね。そこで、ふたりは親としてすごく救われる。「親が心配していても案外、子どもは明るく突破していくんだな」と思いました。一番好きなシーンです。
この本を知ったきっかけは、現・アメリカ大統領のトランプ氏による女性蔑視発言に対して、2016年にミシェルさんがスピーチした力強いメッセージを聞き、心を揺さぶられたことです。それを機に彼女のツイッターをフォローし始めました。
それで、昨年アメリカで彼女の自伝が出ると知ったとき、「絶対に読みたい!」とすぐ英語の原書を予約しました。本のなかでも、ミシェルさんは黒人であることや女性であることの痛みを、けっしてエキセントリックではないかたちで、冷静かつ誠実に伝えています。そんな彼女の言葉だから、男と女、子どもがいる・いないという立場の違いを超えて共感できるのではないでしょうか。ミシェルさんの「立ち位置はさまざまでも、互いに理解しあい、一緒によりよい社会をつくっていこう」という思い、そして働きかけを、多くの人に知ってもらいたいと思っています。
文/加藤裕子 写真/冨永智子