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前嶋和弘(まえしま・かずひろ)
静岡県生まれ。上智大学教授。専門は現代アメリカ政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著作は『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂、2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan (co-edited, Palgrave, 2017)など。
この本が全米で絶賛されているのには様々な理由がある。
まず、オバマ氏自身しか語れない事実が次々に再生されていく点が魅力的だ。リーマンショック後の経済復興への対応、平等な社会を目指すものの様々な反発を生んだ医療保険制度改革への決意、イラン核合意に至る端緒となるハメネイ氏への秘密書簡、中国の諜報機関が暗躍した初の中国公式訪問など、当時の決断の責任者でもあるオバマ氏が自分の言葉で振り返っていく歴史の重みがある。
状況分析に加え、バイデン副大統領ら側近のアドバイスを受けてオバマ氏がどう決めたのか。その過程を読者は追体験していく。一つひとつの判断には、側近やオバマ氏の喜び、苦しみ、さらには涙があった。
外国の要人に対するオバマ氏の印象も興味深い。訪日時の上皇、上皇后陛下との面会での強い印象。メルケル氏とサルコジ氏の対照的な様子。アメリカへの不満を繰り返し口にするプーチンに対する警戒感。日本でも話題となった「話し上手ではないが感じのいい」という鳩山首相への言及もある。
また、語り部としてのオバマ氏の高い能力にも感嘆する。自省的で平易だが、豊かな語彙で、詩的なセンスが崩れない。権力者の自叙伝にありがちな自慢話や美辞麗句はほとんどない。政治家というよりも一流の文学者のようなオバマ氏の語り口に乗せられながら、同氏の想いを読者は再確認していく。
慎重に言葉を紡いでいく中で、ツボに入ると一気に筆致が弾む。同時多発テロ事件の首謀者であるオサマ・ビン・ラディン容疑者を追跡した特殊部隊に襲撃命令を下す決定の描写は、ハリウッド映画そのものだ。多くの人たちが救われると思った医療保険制度が成立した日の熱量は一気に上がる。ミシェル夫人、娘のサーシャ、マリアを語る時には優しさがあふれている。
「オバマの時代」が語られているのに、読者はその後の「トランプ時代」をどうしても意識するだろう。2人の好対照な大統領は、アメリカの政治的な分断の文脈では表裏一体でもある。「トランプ後」の時代は、オバマ氏の兄のような存在であったバイデン氏が新しい時代を作っていく。「オバマの時代」を確認することは、「トランプ後」のアメリカ、そして世界のベクトルを知ることでもある。