辻惟雄先生に訊く! やまと絵――四季ある日本の心象 辻 惟雄

第2回

教科書に載らない? 中世やまと絵屛風の世界

更新日:2023/11/22

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日本史の教科書では存在感の薄い、室町時代のやまと絵。室町絵画の図版では水墨画が多数派を占め、あとは狩野派と御伽草子がお定まり。だがしかし。室町絵画の魅力はそれだけにあらず。今回は鎌倉時代以降のやまと絵の流れをおさらいしつつ、室町時代特有の屛風絵の魅力に迫ります。

伝土佐光信『松図屛風』◆ 重要文化財 室町時代・16世紀 六曲一隻 紙本金地着色 153.3×345cm 東京国立博物館蔵
出典:https://colbase.nich.go.jp/
季節、文学的背景などを示唆するものはなく、モチーフはほぼ松のみというシンプルな屛風。金地とのコントラストを活かした平面的な描き方は、室町絵画の遺品の中では貴重。

●鎌倉時代のやまと絵は、リアリティを追求

――前回は平安時代のやまと絵として、12世紀の絵巻までを紹介しました。鎌倉時代以降は、やまと絵の定義に変化が出てくるということなのですが。
前回説明しましたように、9世紀後半から和歌文学がさかんになるにつれ、名所や四季の移ろいといった日本の景物を屛風などに描くことが増えたため、中国風の画題と日本風の画題を「唐絵(からえ)」「やまと絵」といって区別するようになったんですね。当時の「唐絵」のベースには、中国の唐時代の様式がありました。それが、12世紀以降に新しい中国絵画の様式が日本に入ってきたので、今度はそれを「唐絵」とみなし、それまでの古いスタイルの絵画をひとまとめにして「やまと絵」と括るようになったのです。
――新しい唐絵というのは?
墨の線とその濃淡で描く水墨画をはじめとする、宋元画ですね。中国では唐時代の後半から新たな絵画表現として水墨画が誕生し、それが文人墨客の間に広まります。北宋時代には彩色画に代わって中国絵画の首座を占めることになりました。
――そこから、やまと絵という言葉にも、技法・様式的な性格が含まれるようになるのですね。とはいえ、ちょっと頭が混乱するところもあるのですが。
確かに、紛らわしい。でも、「新唐絵」「新やまと絵」などとは言えなかったでしょうね(笑)。

『伝源頼朝像』 国宝 鎌倉時代・13世紀 絹本着色 143×112.8cm 京都・神護寺蔵 ※展示終了
神護寺に伝わる、等身大に近いサイズで描かれた中世の俗人肖像画のうちのひとつ。顔のパーツには精妙な立体感がつけられており、黒色の袍(ほう)の文様の描写に至るまでゆるぎない。写実と理想化を高い次元で融合させている。

――やまと絵と括られるものも多様ですよね。学生時代に日本史を学んでいたときに、平安時代の肖像画がほとんどない中、鎌倉時代の作品として『伝源頼朝像』がいきなり現れました。その透徹した写実性と院政期の絵巻の表現とを比べると、次元が違いすぎるような気もしますが……。
『伝源頼朝像』は、日本の肖像画の中でも最高峰の作品ですからね。これも絵巻同様、黎明期、興隆期と経過をたどれる遺品がほとんどないので、最初からものすごいものが登場したように感じられるのは、当然だと思います。しかし、定義上は、日本の世俗人物を描いているわけですから、やまと絵としていいでしょう。
――本作は、14世紀(南北朝時代)制作説の登場により、歴史教科書の一部に掲載されなくなったことでも話題になりました。
私の見方はもう古いかもしれないのですが、絵画にはやはり時代様式というものがあると思うんです。この作品の堂々とした形の掴み方、存在の大きさの表現、英語でいうとモニュメンタリティということになるでしょうか、その感覚は鎌倉時代を下るものではありません。
――では、鎌倉時代のやまと絵にはどのような特徴があるのでしょうか?
大きな特徴としては、写実性が高まるということですね。運慶などの彫刻が顕著な例ですが、絵画においても、風景にせよ人物にせよ、リアリティを感じさせる面が出てきます。肖像画は院政期以降、よく描かれるようになりました。平安時代の肖像画の遺品が少ないことの一因として、それを使って他人から呪われるのを恐れたという説があるんですけれども、そういう感覚が後退したんでしょうかね。より確かなこととしては、禅宗の高僧の肖像画である「頂相(ちんそう)」が中国からもたらされたことが影響していると思います。

●渋みのある輝きに個性あり。室町時代のやまと絵屛風

――今回の特別展『やまと絵』で興味深いのは、室町時代のやまと絵屛風です。非常にユニークであるのに、日本史の教材では図版を見かけません。室町時代といえば、雪舟に代表される水墨画が全盛、というイメージでした。
どうしても遺品の多いものから美術史が語られやすいという傾向はありますね。しかし、1989年には、美術雑誌『國華』の創刊100年を記念して、室町時代のやまと絵および水墨画の屛風を一堂に集めた『室町時代の屛風絵』という展覧会が開かれているんですよ。それは、室町時代には水墨画に負けず劣らず、やまと絵の豊かな世界があったということを伝えるもので、非常に画期的でした。
――それまでは、美術史の世界でも、室町時代のやまと絵屛風はマイナーな存在だったんですか。
順を追って話しますと、室町時代のやまと絵屛風で、戦前から存在が知られていた作品はほんのわずかでした。それが戦後になって新発見が相次ぎ、状況が大きく変わるんです。中でも1952年に見出された『浜松図屛風』(里見家本)がダイナミックで、「こんな力強い作品が日本の中世にあったのか?」と、かなりの衝撃をもって受け止められました。それ以降、作品探しが続けられ、また、絵の中に描かれた屛風絵などの「画中画」への注目が高まったんです。

『浜松図屛風』(里見家本) 重要文化財 室町時代・15世紀 六曲一双 紙本着色 各160.4×355.4cm 東京国立博物館蔵
出典:https://colbase.nich.go.jp/  ※展示終了
1952年に見出された、現存最古級とされる『浜松図屛風』。両隻にまたがる画面に、統一的な遠近感を有する海景のパノラマを描く。力強い描写の松、ダイナミックに起伏を作る波が壮大な自然のありようを伝えて余りある。そこで小舟を操る人物の懸命さがまた愛おしい。雲母(きら)引きの効果が絶妙で、一段沈んだ、淡い光に包まれている。

『浜松図屛風』(小坂家本)◆ 重要文化財 室町時代・15~16世紀 六曲一双 紙本着色 [右隻]159.5×355cm [左隻]159.6×354.4cm 文化庁蔵
戦前から知られていた、数少ない室町時代のやまと絵屛風のひとつ。松と海景の構図は里見家本とも通じるが、モチーフの配置に素朴な趣きがある。波の描写は絵画的な再現描写というよりは工芸の文様的で、古風に映る。

『浜松図屛風』(東博本)◆ 重要文化財 室町時代・15~16世紀 六曲一双 紙本着色 各106×312 cm 東京国立博物館蔵
出典:https://colbase.nich.go.jp/
雲母引きの地に描かれたやや小ぶりな屛風で、画面が左右に長く、絵巻を見るような感覚がある。近景に季節ごとの花鳥の世界を置き、海や霞の向こうに人間の営みを描くという構図を取り、鑑賞者を理想郷の側にいるような心持にさせる。

――それによってどんな発見があったのでしょうか?
1980年代までにかなりの数のやまと絵屛風が出てきたんですよ。『浜松図屛風』(東博本)もそのひとつですし、伝土佐広周の『四季花鳥図屛風』◆(東京・サントリー美術館蔵)のように、モチーフの平面的な並べ方はやまと絵風ですが、岩や花木の幹のごつごつした描写は唐絵風という、非常におもしろいものも見つかりました。他にも、総金箔地の『松図屛風』(※記事冒頭の図版参照)が現存していました。総金地の屛風というと桃山時代のパテントのようだけれども、中世の絵巻の中に描かれた例があるんですよ。鎌倉・南北朝時代の屛風の遺品は依然少ないのですが、画中画にはある程度描かれていて、それがどうやら絵空事でもなさそうだ、ということになってきた。つまり、やまと絵は水墨画の流行によって廃れたわけではなく、室町時代まで連綿と描かれていたんですね。
――その存在理由とは?
装飾性が強いですから、やはり「かざり」の効果です。ハレの場には彩色画がふさわしいというのは、今に残る近世の御殿の障壁画からもうかがえますが、自然な発想だと思います。室町時代の座敷飾りでは、やまと絵風の障壁画の上から水墨画の掛軸を掛けるというような取り合わせもありえたようで、当時は和漢の「混交」を楽しんでいたんですね。
――地がやまと絵では、目がチカチカして水墨画が見にくそうです(笑)。根本的な問題として、室町やまと絵屛風の作風はかなり多様であり、美麗な絵巻や仏画にはない野卑な感覚さえあります。この時代、在野の絵師も活動していたのでしょうか?
そういうことですね。室町時代に「絵所預(えどころあずかり)」という役職を世襲して宮中の御用を務めたのは土佐派でした。土佐光信(?~1525?)以降、やまと絵を象徴する画派となりますが、彼らだけではまかなえないほどに、絵の需要があったのでしょう。金剛寺の『日月四季山水図屛風』などは、土佐派のような正統派とはまったくかけ離れたところで描かれたものですよ。しかし、それゆえに得がたい魅力があって、本当にチャーミングな屛風です。雪山は抽象的ともいえるような表現ですし、踊っているかのような松だとか、生き物のようににょろにょろと伸びる波頭などは、いかにもアニミズム的です。

『日月四季山水図屛風』◆ 国宝 室町時代・15世紀 六曲一双 紙本着色 各147×313.5cm 大阪・金剛寺蔵
山水屛風として、「灌頂」(かんじょう、密教で師が弟子に伝法等を行う儀式)に使われたと伝わる作品。金銀泥、切箔、砂子などの工芸的な手法を大画面で展開する。画面下部を占める流水と波の描写には楮紙の地に銀を多用し、波頭は胡粉(ごふん)で盛り上げている。

――万物に魂が宿っているかのような描き方ですね。「日月」というのは室町屛風に多いようですが、何の意味があるんでしょうか?
起源を求めれば、中国では前漢時代の墓に日月が描かれた例があります。星宿信仰とともに、古代中国の雄大な宇宙観をイメージさせるものでしょうね。この屛風も移ろう四季の風景を超えて、星のめぐりなど、より大きな世界を象徴しているような印象を受けますね。中には、金属板を貼り付けて日月を表す四季絵屏風もあって、当時流行した大胆奇抜な「風流(ふりゅう)」の感覚も取り入れられているのではないかと思います。今、ふと谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出したのですが、昔の座敷の薄暗がりや蠟燭の光の中に屛風を置くと、金属の月と太陽がぼーっと浮き出る、そんな効果が喜ばれたのかもしれません。絵の中に金属をはめるというのはまさに奇想ですが、金属板の後ろはちゃんと木枠で補強されているんですよ。
――装飾という点では、銀を使うのが目立つのも室町時代のやまと絵屛風に特徴的です。
桃山時代は総金地に彩色の「金碧画(きんぺきが)」が主流ですが、室町時代の加飾技法はもっと多様で、銀や雲母(きら)も使われています。雲母というのは、薄くはがれやすい性質をもつケイ酸塩鉱物です。銀に近い色合いで、きらっと光を反射するんですね。唐紙の文様摺りや、江戸時代の写楽の浮世絵版画の背地などに使われていて、室町時代のやまと絵屛風にも紙地に雲母引きを施したものが散見できます。里見家本『浜松図屛風』の海には、その効果が前面に出ていると思いますね。東博本『浜松図屛風』も雲母引きですよ。
――雲母と金銀の砂子(微細な箔片)の効果は独特で、やや渋く沈んだ感じがあります。「里見家本」の海の輝きは月明かりを思わせるようでした。
当時の言葉に、「きみびょうぶ」、正式には「きみがきつけびょうぶ(金磨き付け屛風)」という呼び方があります。「磨き付け」というのは金銀の切箔や砂子、微塵(金銀粉)を雲や霞の形に蒔いて磨くという複雑な装飾技法ですが、これが室町屏風の魅力につながっています。金箔の上に金粉を蒔いて、「箔足」(金箔同士の継ぎ目)を見えなくするという技巧もそのうちにあります。『松図屛風』(※図版は記事冒頭)は桃山時代を思わせる総金地ですが、よく見るとそうではなく、箔足を消した金磨き付けのようです。こんな手の込んだ手法は、絵画需要の高まった桃山時代には廃れ、箔足を見せる総金地屛風の量産となりました。まさに室町と桃山の狭間に生まれた、貴重な遺品です。松の木は形式化されて平べったく、今ひとつパッとしない画面ですが……。
――室町時代の屛風はかなり手が込んでいるんですね。
そうなんです。当時のやまと絵屛風は工芸的性格が強かった。むしろ絵としては洗練されておらず、下手なものも多いんです。しかし、だからといって決して安物ではなく、砂子や切箔で霞を表したり地を作ったりするぶん、相当お金がかかっていますよ。室町時代のやまと絵屛風と比べれば、箔足のある総金地に巨大なモチーフを描いていく桃山時代の金碧画は、短期間で量産できたと言えるでしょう。室町時代のやまと絵屏風は、そうした桃山絵画に先んじた作品であるというだけでなく、独自の表現としても価値の高いものです。
――それぞれに表現がユニークで、どこか手探りな感じがするところも室町時代のやまと絵屛風の魅力だと思います。今回の展覧会を機に、その認知度が高まるとよいですね。お話、ありがとうございました。
◆をつけた作品はこちらの展覧会で鑑賞できます。
特別展『やまと絵 -受け継がれる王朝の美-』
東京国立博物館 平成館
~12/3(会期中に一部作品の展示替え、巻き替えあり)
開館時間/9:30~17:00(金・土曜は~20:00)※最終入場は閉館1時間前まで
休館日/月曜(本展のみ11/27は開館)
観覧料/一般2100円ほか(※土・日曜と祝日は日時指定の事前予約制。当日券販売なし)
東京都台東区上野公園13の9
https://yamatoe2023.jp/

 

著者プロフィール

辻惟雄(つじ・のぶお)

美術史家。東京大学名誉教授、多摩美術大学名誉教授。1932年、愛知県生まれ。1961年、東京大学大学院博士課程中退。東京国立文化財研究所美術部技官、東北大学文学部教授、東京大学文学部教授、国立国際日本文化研究センター教授、千葉市美術館館長、多摩美術大学学長、MIHO MUSEUM館長を歴任。2016年、朝日賞受賞、文化功労者に選出される。2018年、瑞宝重光章受章。1970年刊行の『奇想の系譜』(美術出版社)により、歴史に埋もれつつあった近世の絵師たちに光を当て、今日の若冲をはじめとする江戸絵画ブームの先鞭をつけた。「かざり」「あそび」「アニミズム」をキーワードに、日本美術を幅広く論じている。その他の著書に、『若冲』(講談社学術文庫)、『奇想の図譜』『あそぶ神仏:江戸の宗教美術とアニミズム』(ともにちくま学芸文庫)、『日本美術の歴史』(東京大学出版会)、『辻惟雄集』全6巻(岩波書店)、『奇想の発見:ある美術史家の回想』(新潮社)がある。

撮影/荒井拓雄(辻先生) 取材・文/編集部

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