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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

番長犬

更新日:2019/05/22

 二〇一四年にシオラパルクにはじめて来てからというもの、私はウヤミリックという名の犬とともに旅をつづけてきた。二人というか、一人+一匹で、これまでのべ二百二十五日、距離にして二千キロ以上歩きつづけてきた。
 シオラパルクをふくめたグリーンランド北西部は今も生活のための移動手段として犬橇が使われており、人間より犬の数のほうがはるかに多い土地柄であるが、その数多(あまた)いる橇引き犬のなかで私がなぜこのウヤミリックという犬をえらんだかといえば、純粋にかわいらしい顔をしていたからである。当時ウヤミリックは一歳、まだ犬橇デビュー前の、人間でいえばたぶん中学生ぐらいの犬で、顔だけでなく仕種や挙措も天真爛漫としており、それはそれは本当にかわいい犬だった。私にいわせれば断然、村一番の美犬であった。
 それが……、あれから五年。ウヤミリックも齢を重ね、現在六歳。働き盛りの立派な成犬となってくれたのはいいが、出会った当時の愛くるしさはすっかりなくなり、途轍もなくふてぶてしい犬に変貌をとげてしまった。無邪気さ、天真爛漫さは完璧に消失し、目には相手を威圧する鋭い光がさすのと同時に淀んだ影がにじんでいる。身体も若い頃より二回りは太くなり、貫禄十分だ。
 犬橇チームのなかでもウヤミリックは一番力が強く、頼りになる犬であるのと同時に、一番の問題犬でもある。ウヤミリックは〈チーム角幡〉の番長だ。とにかく気に入らない相手がいればすぐにブチ切れて、襲いかかる。喧嘩するだけならいいが、この犬には困った癖があり、いつも相手の脚に噛みついてしまう。下手に顎の力が強いだけに、噛まれたほうの脚は犬歯が皮を突きやぶって穴があき、しばらく走れなくなる。傷を深くしないよう犬歯の先端を削っているのだが、それでも相手に致命傷をあたえる術を、この犬は心得ているらしいのだ。
 先日もカナックで新たに仕入れた七歳の犬と喧嘩になり、走行不能の状態に陥らせた。力の強いいい犬なのに、ウヤミリックのせいで大幅な戦力ダウンだ。仲間を増やしてもウヤミリックがすぐに怪我させてしまうので、全員そろって走る機会がなかなかない。長旅をするには元気な精鋭を十頭そろえたいところだが、こんなに怪我人(犬)ばかりでは難しいかもしれない。正直、私としては相手を壊すのだけは本当に勘弁してほしい。
 とにかく喧嘩が絶えずウヤミリックの顔は生傷だらけだ。この写真を見てほしい。この眼光、この表情。すっかり前科何犯ですか? みたいな犬になってしまった。村に数多いる橇引き犬のなかでも、こんなに顔面に傷跡をつけた犬はなかなかお目にかかれない。昔は村で一番のかわいい犬だったのに、今では一番醜い犬になってしまった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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