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Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

マンダラ山南壁

更新日:2019/02/13

 昨年十月にニューギニア島(インドネシア・パプア州)に探検の偵察のために訪れた。目的のひとつは島の中央部に位置するマンダラ山の南面の状況把握である。
 二〇〇一年にFさんというクライマーを隊長とするニューギニア遠征隊に参加したことがあり、そのとき以来、このマンダラ山を探検することは私の目標の一つであった。マンダラ山は標高四七六〇メートルでニューギニア島第二の高峰とされている。五十万分の一の縮尺の航空地図を見るかぎり、この山の南側には大岩壁が発達している可能性が高く、次に来るときは、この未知の岩壁を対象にした探検をしようと心に決めていたのだ。具体的に言うと、マンダラ山の南部には大湿原が広がっており、海岸部のアスマットと呼ばれる地方からカヌーでその湿地帯を遡り、上流部に入ってからは沢を遡行し、藪をかき分け、ついに未知なるマンダラ山南壁が姿をあらわす。それを見て「おお、ついに壁が見えたぞ!」と感動し、南壁を登攀して登頂するという、なんというか、漫画のようなわかりやすい地理的探検をしたいなぁと考えていた。それが果たして本当に可能かどうか、昨年はそれを探るため偵察に向かったのだった。
 偵察の焦点は、マンダラ山の南側のどのへんに村があるのかを確かめることだった。何しろ、日本で手に入る地図ではどこになんという村があるのかさっぱりわからず、私がイメージする旅が可能かどうか想像もつかなかった。オクシビルという地域の拠点となる村から山を越え、地元民を案内人に雇い、われわれはマンダラ山南面に入りこみスンタモンという村までたどり着いた。そして、その村から、はっきりとマンダラ山南壁の全容を目にすることとなった。
 だが、見たかった風景を目にしたことで、私の探検への意欲はかなり減じてしまった。この写真の風景を見たとき、私は「しまった、見てしまった。偵察しすぎてしまった」と後悔することとなったのである。なにしろ私のやりたかったのはカヌーで川を遡り、その過程の先に未知なる岩壁を目にして「おお、ついに見つかったぞ」と驚き、呆れることだったわけで、もし予定通りアスマットから出発して最後にマンダラ山南壁を見ても、すでに見てしまった以上、特に新鮮な感動を得られるとは思えず、今回の偵察の単なる確認作業に堕してしまうことが明白となったからである。
 偵察で見てはいけないものを見てしまった私は、結局、今年の本番の対象を変更し、トリコラ山(標高四七五〇メートル)という別の山の南壁を目指すことにした。トリコラ山の南部の湿地帯は探検の記録もなく、マンダラ山同様、南側に大岩壁があるらしいという不確実きわまりない情報があり、その意味で非常に未知で面白そうに思えたからである。
 未知を未知のまま残しておくのは実に難しいことである。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

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