Nonfiction

読み物

Photo Essay 惑星巡礼 角幡唯介

山のパンクロード

更新日:2018/09/12

 夏の沢登りのため南アルプス南部にむかった。目的地は奥西河内(おくにしこうち)と赤石沢(あかいしさわ)という二つの大きな谷を継続遡下降しようというものだ。夜中に鎌倉の自宅を出発し、茅ケ崎から圏央道に入り、新東名を西にむかう。途中で二度ほど仮眠し、朝九時近くにようやく目的地である大井川の畑薙(はたなぎ)第一ダムが近づいてきた。
 ダムの近くに臨時の登山者用駐車場があり、そこを過ぎたときだ。突然、車体の下部からグワングワンと妙な音がし始めた。道は曲がりくねった山道だ。最初は舗装面にひびが入っているせいで音が鳴っているのだと思ったが、全然鳴りやまないので、もしかして……と車を停めると、案の定、右の前輪のタイヤが見事にパンクしていた。
 これから登山というときに、なぜ……とかなり意気消沈した。仕方がないのでスペアタイヤに交換しようとしたが、荷台の格納庫を開けるとスペアが入っていない。車検に出したばかりなのに、どうしてだ? とさらに意気消沈。しょうがないので、先ほど通過した臨時駐車場まで運転し、そこに車を停めて、五泊六日の沢登りを終えた後、保険会社を通じてレッカー車を呼んで、静岡市街まで運んでもらってタイヤ交換した。
 ところでこの畑薙ダム周辺の山道であるが、じつはパンク頻発地帯らしい。車を停めた臨時駐車場で管理業務を行っていた地元山岳会関係者と思しきおばさんは、なんと去年だけで四回もこの道でパンクしたという。さらに沢登りを終えた後に駐車場まで車に乗せてくれた地元渓流釣り同好会のおじさんの話によると、この道ではパンクがあまりに多いので人によってはスペアを二本用意しているという。もう一つ紹介すると、駐車場から静岡市街地までのレッカー移動は、静岡県内の業者が見つからず、隣の山梨県身延町のロードサービス業者が来てくれたのだが、この業者さんの話によると、先週だけでも三回、レッカー移動のために畑薙ダムに来たという。山梨の業者だけでも三回来ているということは、地元静岡の業者を入れると何台の車がパンクしているというのだろう。
 パンクの原因は落石だそうだ。沢登りの最中もずっと気になっていたのだが、この山域の岩石の破断面はまるで刃物のように鋭い。崩落した岩場で不用意に浮石を押さえると手が切れてしまいそうで、手袋を持ってこなかったことを後悔したほどだ。車道の上に転がる細かな落石も、よく見ると極めて鋭利だ。こういう石を踏んづけてしまうとタイヤは簡単にスパッと切れてパンクしてしまうのだという。
 畑薙ダム周辺は毎年のように通うエリアだが、こんな危ない道だとはまったく知らなかった。当然のことながらすぐにディーラーに連絡してスペアタイヤを送ってもらった。

著者情報

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

1976年北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大探検部OB。2010年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞。12年『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞。15年『探検家の日々本本』(幻冬舎)で毎日出版文化賞書評賞。

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)

特設ページ

  • オーパ! 完全復刻版
  • 『約束の地』(上・下) バラク・オバマ
  • マイ・ストーリー
  • 集英社創業90周年記念企画 ART GALLERY テーマで見る世界の名画(全10巻)

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.